母親からの小包はなぜこんなにダサいのか第三話 疑似家族(7)

 会社帰りにスマートフォンを見ると、都築めぐみから返事が来ていた。慌てて開く。
 ――お話はわかりました。私も実家の親とは不仲な時期もあり、お気持ち、少しわかります。今夜にでも石井さんのよろしい時にLINEの電話でお話ししませんか。直接話した方がいいと思いますので。
 ――ありがとうございます! 家に戻りましたら、連絡します。彼は遅くまで戻ってこないので、大丈夫です。
 そこから、急いで恵比寿の家まで戻った。不安や期待、いろいろな気持ちが混じって、足が速くなったり、逆に重くなったりした。
 家に帰って身支度をすると、すぐに電話をした。
「はじめましてー」
 めぐみは少し緊張しているようだったが、笑顔を見せてくれた。以前、写真で思った通り、美人ではないが、笑顔にどこか可愛らしさがある、でも、芯のある印象の女性だった。化粧気はないが眉がはっきりしていて、肌がきれいだった。きっと、普段からほとんど化粧をしない女性なのだろう、と思った。
 彼女がいるのは和室のようだった。少し薄暗い部屋で、彼女の後ろには仏壇と、その脇に飾られた千羽鶴が見えた。
「こちらこそはじめまして、石井愛華です。このたびは変なことをお願いしてすみません」
「いえいえ、相談してくださって、ちょっと嬉しかったです」
「え、では......」
 愛華は期待を込めて、画面を見た。
「受けてくださいますか」
 めぐみはちょっと下を見て、意を決したようにこちらを見返してきた。
「あの......お受けするのは簡単です。でも、そのあと、石井さんはどうなりますか」
「え」
「もしも、お受けして、私と彼とお話しして、その後......どうなりますかね」
「ええと、それは」
 もちろん、それは考えないでもなかった。
 だけど、今はこの二週間を切り抜けたい一心だった。とにかく、一度、めぐみの顔を見せて、あとは「忙しい」「病気で入院している」などとごまかしていくことしか考えられなかったのだ。
「私がお受けするのは、さっきも言いましたように簡単なことです。裕福でもありませんので、電話一本で十万をいただけたらありがたいです。でもね、考えてみて。その後、どうなりますか? 一度、嘘をついたら、これからもずっとつき続けることになりますよ」
「でも、私はもう、ついてしまったので」
「今回の嘘は桁が違います。偽者を用意してまで彼をだまそうとした。それは、これまでの嘘とはレベルが違うと思います」
「そう、ですね......」
 愛華はうつむくことしかできなかった。
「石井さん、今が最後のチャンスですよ、本当のことを言う。今ならぎりぎり間に合います」
「そうでしょうか。でも、もう間に合わないかも」
 目に涙がにじんでくる。
「ええ、その可能性もあります。でも、今なら、私に話したようなことを素直に、全部話せばわかってくれるかもしれません。あなたの過去も含めて。私は納得しましたよ。母親と確執があり、家族について嘘をついて、その後も続けてしまった。そういうことはあるだろうなと、思いました」
「本当ですか? でも、小包のことも」
「小包も、こういう家族がいたらいいな、こういう小包が欲しいな、と思ってつい嘘をついてしまった、願望を言ってしまった。そう言ってみたらどうでしょう」
「......わかってくれるかしら」
「大丈夫。私以上に、石井さんのことを愛している彼ですもの」
 それから、めぐみはくり返し、愛華を励まし、慰めてくれた。
「とにかく、今が最後のチャンスです。私が偽者の母親を演じたら、おそらく、すべてが終わります」
「......わかりました」
 もしも、それでも、どうしてもやって欲しいということなら、また連絡ください、と言って、めぐみは電話を切った。
 愛華は食卓のテーブルの前に座ったまま、じっと頭を抱える。
 何時間経った時だろう、玄関のノブががちゃがちゃ音を立てて、幸多が帰ってきた。
「ただいま」
 愛華は顔を上げた。
「お帰り」
「どうしたの? 電気も付けないで」
 幸多は手を伸ばして、電気を付けた。
「幸多、あのね」
 愛華は彼の顔を正面から見た。
 自分は、言えるのだろうか。
 親から「幸、多かれ」と祈りを込めて名前を付けられたこの人に、すべて本当のことを言うことができるのだろうか。
「幸多、あのね、私、あなたに初めて会った時に......」
 愛華は静かに話し始めた。

母親からの小包はなぜこんなにダサいのか

Synopsisあらすじ

吉川美羽は、進学を機に東京で念願の一人暮らしをはじめる。だがそれは、母親の大反対を振り切ってのものだった。
頼れる知人も、また友人も上手く作れない中で届いた母からの小包。そこに入っていたものとは……?

Profile著者紹介

原田ひ香(はらだ ひか)
1970年神奈川県生まれ。2006年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。
著書に『三千円の使いかた』、『口福のレシピ』などがある。

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