母親からの小包はなぜこんなにダサいのか第三話 疑似家族(2)

 幸多とは、会社近くの行きつけの小料理屋「喜楽」で知り合った。
 六十代の女将がやっている落ち着いた店で、愛華も幸多も時々、会社帰りに一人でご飯を食べていた。
 幸多の方はそこに数年通っており、快活になんでも話す性格から女将にとてもかわいがられていた。家族構成や仕事の中身まで知られていたくらいだ。
 一方、愛華は店を知ってから半年ほどだった。会社の上司に教えてもらって来店してから、その味や盛り付けに惹かれた。それまでほとんど贅沢というものを知らず、外食なんてチェーン系の激安居酒屋で十分だと思っていたが、季節の魚の西京漬け、山菜の酢味噌和え、すまし汁......玄人が丁寧に作った料理というものは、まったく別物なのだと知った。
 今まで一人で頑張ってきた愛華が、やっと自分に許した贅沢だった。
 それでも、たびたびの来店は無理で、一ヶ月に一回か二回、自分へのご褒美として行くだけだった。だから、女将が愛華について知っているのは会社名と独身で彼氏がいない、というようなことくらいだったと思う。だが、女将は同性、異性にかかわらず、若い常連たちを紹介するのが大好きだった。これまでもたびたび同じようなことをしていたらしい。
「ねえ、幸多君、こちら、前にちょっと話した、人材派遣会社にお勤めの愛華ちゃん。ね? きれいな人でしょう? 愛華ちゃん、こちらは......」
「クボタ商事の野々村幸多です」
 彼は礼儀正しく、名刺を出した。
 正直、「面倒なことになったな」という気持ちがなくもなかったけれど、きちんとしたスーツや会社名はある程度の安心感を与えてくれた。
 それでも、その時は「居酒屋で隣り合った人」以上の会話はしなかった。ほとんどは会社の仕事の話ばかりだった。幸多はちょうど自分が関わり始めた、無農薬の雑穀米のキャンペーンについて「ぜひ、女性の意見も聞きたいんですよ」などと、如才なく語った。愛華は彼の質問に答える形で意見を言ったり、自分の仕事について説明したりした。
 十一時の閉店時間の三十分前になると、幸多は経歴を問わず語りに話し始めた。目白に実家がある次男で、中学から受験して名門私立中学に通い、大学も有名私立大学出身。今は会社から近い恵比寿に住んでいるけど、実家には時々帰る、家族仲は良い......。
 絵に描いたような、「都会の良い家庭」に育った人だった。
「愛華さんは? 実家はどこ?」
 二重のはっきりした丸い目をこちらにまっすぐに向けて尋ねられた時、愛華は口を滑らせた。
「帰るのは時々です......群馬なんですけど」
「へえ、出張で何度か行ったことある。食べ物がおいしくていいところだよね!」
 故郷をそんなふうに素直に褒められたことはない。でも、そこにたいした思い入れがない愛華は特に嬉しくも、悲しくもなかった。
「えー、田舎なだけですよ」
「僕、都内出身で、祖父母も東京なんだ。昔から田舎のある人に憧れててさ。愛華さんの家は農家ですか?」
 その時、思った。
 たぶん、この人とは二度と会うことはないと。
 いや、何度か会うことになっても、この店の中だけで、深い付き合いになるわけはない。彼は都会のお坊ちゃんで、自分となんて決して関係のない人種なのだから、と。
 だから、とっさに嘘をついた。ごくごくわずかな、あまりにも小さすぎる嘘を。
「......まあ、畑はありますけど」
「え、いいなあ。何を作ってるの?」
 急に彼の口調がぐっと軽くなり、肩が近づいてきたのがわかって、それが言葉だけではないことを知った。
「......専業で作ってるのは、サツマイモとかジャガイモ。最近は紅はるかとかも作ってます。他に家族が食べる分の野菜は庭先で作ってるみたい」
 頭の中にあったのは、あの「群馬のありんこ」さんの家庭だった。
「お米は?」
「米も自分のうちと親戚が食べるくらいは」
「うわあ、うらやましい。じゃあ、愛華さんも送ってもらったりするの?」
「......ええ、時々。おいしいですよ」
「いいなあ。今度、ぜひ食べさせて欲しいなあ」
 そこまで言ったところで、彼は自分が踏み込みすぎたと気がついたのか、あまりにも好意をあからさまに表しすぎたと恥ずかしくなったのか、急に顔を赤くした。
 純粋な人なんだ、と思った時、愛華は自分のついた嘘を後悔した。
 自分の中にも、彼へのほのかな好意があることに気づいたからだ。

母親からの小包はなぜこんなにダサいのか

Synopsisあらすじ

吉川美羽は、進学を機に東京で念願の一人暮らしをはじめる。だがそれは、母親の大反対を振り切ってのものだった。
頼れる知人も、また友人も上手く作れない中で届いた母からの小包。そこに入っていたものとは……?

Profile著者紹介

原田ひ香(はらだ ひか)
1970年神奈川県生まれ。2006年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。
著書に『三千円の使いかた』、『口福のレシピ』などがある。

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