母親からの小包はなぜこんなにダサいのか第四話 お母さんの小包、お作りします(2)

「さとみ、お昼ご飯、できたわよ!」
 畑からなかなか帰ってこない親たちにしびれを切らして自分の部屋で二度寝をしていると、母の声が聞こえた。
 枕元のドラえもんキャラクターの時計を見ると、一時近い。三時間近く眠ってしまったらしい。
「お疲れ様ー」
 あくびをしながら下に降りると、父と祖母が、自分がさっき食事をしていたテーブルについているのが見えた。母が汁物をよそっている。
「よく眠れた?」
 祖母がにこにこしながら、尋ねてくれる。
 気まずいところにその質問、ありがたい、グッドジョブお祖母ちゃんと心の中で思いながら答えた。
「うん。やっぱり、実家は違うねえ。なんか、すっかり熟睡しちゃったよ」
 そこで母の方をちらりと見るが、母はすでに箸を取って、「さ、いただきましょ」とそっけなく言った。
 サツマイモときのこ、鶏肉が入った炊き込みご飯、具だくさんのけんちん汁、小松菜のごま和え......母が用意してくれた食事はどれもおいしかった。
「さとみちゃんが帰ってくるなんて、いいお正月だねえ。あけましておめでとう」
 お祖母ちゃんがにこにこ言う。
「そうねえ」
 まだ正月まで間があるのに、祖母は気がついてないらしい。さとみは思わず、母の顔をうかがったが、母は顔色一つ変えずに受け流している。父はもくもくと食べているだけだ。
「あとで、袋詰めとメルカリ用の荷物の出荷があるから手伝ってくれる?」
 母がけんちん汁を飲みながら言った。
「メルカリ? いいけど」
 母の言っている意味がわからないまま、うなずいた。

 母屋の横には少し大きめの倉庫があって、作業所兼作物保管所になっている。
 母と二人で向かい合わせに作業用の低い椅子に座り、紅はるかの箱詰めをした。
 昔もさんざん、こういう作業をしたものだ。農協に出す前の作物をきれいに洗って、袋詰めする。
「紅はるかの傷物は『道の駅』に格安で出すくらいしかなかったんだけど、メルカリでのせてみたら結構、売れてね」
 倉庫に行く間に母がたんたんと説明してくれた。
「それから、直接LINEで注文を受けるようになって。現金で直接もらえるから、ありがたいんだわ」
「へえ、お母さんがLINEとかメルカリとか使いこなせてると思わなかったよ」
 母がうっすら微笑んだ。それでも、帰ってきてから一番の笑顔だった。
「隆もわからないことがあれば教えてくれるし」
「ふーん。あいつ、私にはぜんぜん話さないけど」
「ずっと反抗期だったけど、あれでも最近、少し良くなったんだよ」
 母に指導されながら、紅はるかの五キロ入りの箱、十キロ入りの箱を作る。他に、農協に出荷する分の袋詰めの作業もした。
「本当のところ、何があったの」
 差出人と注文数を間違えられない箱詰めが終わると、母が尋ねてきた。
 とっさに答えられなかった。
「......何がって、何が」
 やっと絞り出した声もつっかえつっかえで、あやしいと思ってください、わけありです、と言わんばかりだと自分でも思った。
「あんた、妊娠してるんじゃないでしょうね」
「そんな」
 顔を上げると、母の疑心暗鬼を絵に描いたような目とぶつかった。
「違うって」
「本当だろうね? 言うなら今だからね」
「違うって! 妊娠なんてしてないって。そんなこと思ってたの?」
「だけど、三年も帰ってなかったのに、急に戻ってきて寝てばかりいるし......」
 母はさとみの身体をじろじろ見る。身内でなければ、訴えられるような視線だ。
「これは普通に太ったの! 寝坊はまだ今朝だけじゃない」
「これからもやられたら、たまんないわよ。それに理由もはっきりしないし、いつまでいるのかもちゃんと言わない。心配するのが普通でしょ」
 母はため息をついた。
「あんたもわかるでしょ。おばあちゃん、アルツハイマーの診断されたのよ」
「え! そうなの? いつ?」
「半年くらい前かな」
「なんで教えてくれなかったの?」
「教えたって、なんにもできないでしょうが、あんた」
 母の言うことはいちいち突き刺さる。東京に行っている間なら、何もできなかったに違いない。
「まあ、今はいい薬もあるらしくて、それを飲んでるから」
「治るの?」
「治らないけど、進行は遅くすることができるらしい。......まあ、時間稼ぎだよね」
「そうなんだ」
 母は向き直った。
「ね、だからちゃんと教えての欲しいのよ。なんで、あんたが戻ってきたのか、どういうつもりなのか。こっちにはこっちの計画があるの」
 そこまで言われて、話す決心はついた。
 だけど、いったいどこから話していいのかわからない。あの男とは不倫だったということも言っていいのか。東京で働いてきて得たお金をすべて取られたことも言っていいのか。なんと言ったら納得してもらえるだろう。
 とにかく、不倫のこと、お金のことは隠すことにした。
「つまり、失恋したってことね?」
 長年付き合った男がいたけど結婚できなくなって、というところまで話すと母が言った。
「いや、違う。いやまあ、そうだけど」
「失恋くらいで東京から帰ってきたの? あんなに東京がいい、東京に行かないと私の人生が始まらないって言ってたのに」
「だから、失恋だけじゃないの。最後まで聞いてよ」
 彼と事業を始めるために仕事をやめた、と言うと「えー」と母は叫んだ。
「会社やめちゃったの?」
「うん」
「苦労して、あんないい会社に入ったのに......正社員だったのに。うちの身内で正規雇用なのはあんただけだったのよ」
 それは私が一番わかってる、と言いたかった。ずっと後悔しているのだ。だけど、口では反対のことを言った。
「いろいろ不満もあったしね。激務のわりにお給料もよくなくて、上は女性の社会進出にほとんど興味がない人たちばっかりだし」
 嘘だ。激務なのは確かだけど、そのぶん、ちゃんとお給料も払われていた。福利厚生もしっかりしていた。
 もちろん、細かな不満がなかったわけじゃない。だけど、大好きな会社だった。それなのに、あんな男にだまされて、結婚に目が眩んでやめてしまった。
 一番、後悔をしているのは自分自身だった。
「そんなわけで、仕事がなくなったのでこっちに帰ってきたわけ」
「じゃあ、もう、こっちにいるの?」
「......まあ。うん」
「本当に!? ずっと実家に住むということ?」
 母は本当に驚いたらしく、何度も問い正した。
「まあ、今はそのつもり」
「そのつもりって......」
「嫌なの?」
「そういうわけじゃないけど......びっくりした。あんたは群馬が嫌いなのかと思ってたから......もう、あんたと暮らすことは諦めてたっていうか、考えてなかったから」
 そう、そうなの、へえ、と母は手は動かしながら、何度も何度もつぶやいている。よほど驚いたらしい。
「そんなにショック受けないでよ。迷惑なら、仕事探して出て行くからさ」
 本当は、思ってもいなかったけど、できるだけ母を安心させたいのと、本心が知りたくて言った。
「このあたりに仕事なんてないわよ......たぶん......あんたが気に入るようなのは。まあ、家のことを手伝ってもらえるのはありがたいけど」
 さすがにあまりにもそっけなさすぎたと思ったのか、言い添えてくれた。
「でも、なんか、あんたらしくないね」
 母は小声でつぶやいた。
 私らしい......それが何を意味するのか聞いてみたかったけれど、でも、一方で怖い気もして、尋ねられなかった。
「もちろん、なんでも手伝うよ。畑の手伝いも、軽トラの運転もするし、お祖母ちゃんの面倒もみる」
 母のつぶやきは聞こえなかったふりをして、できるだけ明るく言った。
「東京では車なんて乗ってなかったんでしょ。少し練習しないとね」
「うん......そういや、メルカリとか、LINEで注文取ってる野菜の宅配の話、聞かせてよ」
「ああ、そうね」
 母は気を取り直したのかようだった。
「最初はね、道の駅で余ったもの売ってたんだけど、それじゃあ、捌ききれないほど傷物って出るでしょ。家族用に作ってる野菜だって、あんたもいなくて四人家族じゃ、食べきれないじゃない? ここいらの人たちだって皆そうだから、もうあげる相手もいないしね」
「そうだね」
「だから、ご近所の人に教えてもらってね、最初はメルカリで売るようにしてたの。でも、メルカリは一割の手数料取られるし......それだって、農協で売るよりはずっとお金になるんだけど、でも、何より、お客さんに喜んでもらえるのが嬉しくて、LINEで注文を取るようになったわけ」
 母の表情は生き生きと動き出した。
「最初は、お芋とお米くらいだったんだけど、あまった野菜なんかもおまけにつけてあげたら、本当に喜ばれてねえ。そういうのミックスしていろんな野菜を入れる『季節のパック』を作ったら、またそれも注文が増えて」
 母のLINEのタイムテーブルを見せてもらうと、確かに、季節の作物の紹介をしたり、新物の情報を流したりと、意外とよくやっている。
「これ、私も手伝わせてもらったら、もっとよくできるかも」
「え、そう?」
「うん。ホームページを作って、そこから直接注文をしてもらうようにできるよ。たぶん、ずっと楽になると思うし、今よりたくさんの人が見てくれるようになると思う」
「そんなことできるの?」
「私、少しならホームページも作れるから」
 母は身を乗り出した。
「だったらお願いしようかしら。中には、まるで、お母さんからの小包が届くみたいで楽しいとか、気持ちがあったまるとか言ってくれる人もいるのよ」
「お母さんの小包か......」
 ふとひらめくものがあった。

母親からの小包はなぜこんなにダサいのか

Synopsisあらすじ

吉川美羽は、進学を機に東京で念願の一人暮らしをはじめる。だがそれは、母親の大反対を振り切ってのものだった。
頼れる知人も、また友人も上手く作れない中で届いた母からの小包。そこに入っていたものとは……?

Profile著者紹介

原田ひ香(はらだ ひか)
1970年神奈川県生まれ。2006年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。
著書に『三千円の使いかた』、『口福のレシピ』などがある。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー