母親からの小包はなぜこんなにダサいのか第四話 お母さんの小包、お作りします(4)

 入った注文はたった一つだけど、自分の考えがやっとお金になったわけで、昔、就職して最初にアイデアが通った時くらい嬉しかった。
 申し込みはホームページのフォームからで、相手は神奈川県横浜市の女性、ということくらいしかわからない。
 お任せで三千円の「お母さんのあったか小包」一つ、ということだった。
 送料は全国一律千円の宅配便のパックに詰めるのだから、二千円分の品物が必要だ。
 まず、お米を二キロ、パックの底に入れてみた。紅はるかを五本、ビニール袋に入れる。それから、スーパーで買ってきた、かりんとまんじゅうと水沢うどんを入れた。どちらも今一番人気のおみやげものだ。それだけで、箱はほとんどいっぱいになった。
「そういうのより、うちの野菜をもっと入れたらいいのに。米や野菜ならただだけど、おみやげ品を買ったらお金かかるでしょう」
 横から母がずけずけと言う。「それじゃ、儲けがいくらも出ないよ」
 水沢うどんを出し、家で採れたジャガイモと人参、ピーマンとなすを、入れられるだけ入れた。
「まあ、いいけど、普通のお野菜宅配便とそんなに変わらないわね。お母さんの小包っていう特色がない」
 また、母が口を出す。意外と、うるさい。
「じゃあ、どうしたらいいのよ」
 頭にきて、言い返した。
 うーん、と母は首をひねり、寝室から紙袋を持ってきた。
「これ、一枚入れてみたら」
 そこには、もらいもののタオルや手ぬぐいが、封をあけないまま、いっぱいに入っていた。
「こういうもの、あんまり入れると、向こうの趣味に合わなければ場所塞ぎになるけど、ちょこっとなら、笑い話になる」
「そうかなあ」
 迷いながら、一枚だけ、農協から年末にもらった、ぐんまちゃんがプリントされた手ぬぐいを広げて野菜にかぶせた。クッション材代わりにもなりそうだった。
 母が机に向かって何やら書いている。のぞきこむと、一筆箋に几帳面な字が並んでいた。見慣れた字だった。子供の頃から、連絡帳や手紙を書いてくれた、母の字だ。
 ――サツマイモは少しベランダなどで干していただくと甘みが増します。手ぬぐいは雑巾にでも使ってください。
「そんな手紙入れるの?」
「宅配便には必ず入れてるわよ。それに手ぬぐいのことも書いておかなくちゃ」
「大丈夫かなあ」
「これだけたくさん農産物が入っていれば、元が取れていることは一目瞭然だから大丈夫」
 いざ、出荷する時になると、母の方が堂々としていた。
「これ、いらない野菜を消費するのに、意外といい考えかもしれないわね。何入れたっていいんだから」
 そう言ってくれたのも認めてくれたようで嬉しかった。
 発送は、さとみが近くのサービスセンターまで持っていった。

「お母さんのあったか小包」は普通に向こうに届き、普通に受け入れられたようだ。
 ようだ、というのは、特になんの連絡もクレームもなかったからだ。
「じゃあ、別に大丈夫でしょ」
 不安を訴えるさとみに母は言い切った。
「でも、一応、投稿フォームとかあるんだから、良ければ一言、何かあるんじゃない? ありがとうございました! とか、またお願いします! とか」
「普通の人はそんなこと、書かないものよ。返事をくれるのは、よっぽど気に入ったか、よっぽど暇な人」
 さすがに通販の経験者は違う。
 しかし、それから数日後、さとみは母にたたき起こされることになった。
「さとみ! ちょっと、これ、見なさいよ!」
「勝手に、部屋に入ってこないでよ!」
 言い返しながら、逆に恥ずかしくなった。中高生の頃、いったい何度、この争いをしただろう。
 怒鳴るのをやめて母が差し出したスマホを見ると、そこにはツイッターの画面があった。
「え、お母さん、ツイッターなんてやってるの?」
「そりゃ、通販してたら、評判が気になるじゃない? メルカリでの販売を始めた頃からやってみた。初めはロム専だったけど、今じゃ、全国の農家さんとつながってる。もちろん、ご近所さんとかには一切知らせてないけど、すごい情報交換になるのよ」
 アカウント名は「群馬のありんこ」。すでに千人以上のフォロワーがいる。国の農業政策に対して、意見を書き込んでいるのを見て、びっくりしてしまった。
「ちょっと! 私のツイートはどうでもいいのよ。このツイート読んで」
 母が指さしたところを見ると、きれいな花のアイコンの主だった。
 ――ネットサーフィン(死語ですねw)してたら、お母さんの小包お作りします、っていう不思議なHPを見つけて、ものは試しと頼んでみました。そしたら、無農薬の米、サツマイモ、ジャガイモ、野菜、お菓子がぎっしり入っていてびっくり! 極めつけは、ぐんまちゃんの絵柄のついた手ぬぐいが入っていたことw かわいい。これで送料込み三千円は安いよね。
 ――本当に、母が送ってくれた小包みたいな、びっくり箱感がある。
 さとみたちが作った小包の写真が貼ってあった。
 思わず、はあっとため息が出た。
「ね、大丈夫だったでしょ」
 母は笑った。
「よかった、本当によかった......」
 声が詰まった。母がパジャマの背中をばん、と叩いた。
「あんた、何よ、泣いてるの?」
「いや、あんなの送ってきて何よ、って思われてたら、と思って。だって、結構シビアだよ、こういう世界......」
「さあ、顔を洗って、ご飯にしましょ」
 それから、少しずつ、注文が増えてきた。 
 母からの小包は相変わらず、月に一回出るかでないかだが、それ以外の芋や米の、ホームページの売り上げも増えてきた。やはりちゃんとした、購入用のフォームがある方が購入しやすいようだ。
 また、一度は「母親からの小包、お作りします」のHPを、インフルエンサーの男性が「おもしろい」と取り上げてくれて、アクセス数が急に上がった時もあった。それでまた、注文が少し増えた。
 亜美ちゃんたちの友達とのグループの、河原のバーベキューにも参加した。 
 イオンの駐車場で待ち合わせして、大きなボックスカーに皆で乗って河原まで行った。本当に食材千円、ガソリン代数百円で、一日遊べた。きっとヤンキーばかりだろうと予想していたメンバーの中には、地元の中学の先生をしている男なんかもいて、さとみもそう浮くことがなかった。
 会費は、小包の売り上げから母がくれたお金から出した。お小遣い程度だけど、自分で働いたお金だ。
 お世辞や諦めでなく、結構、楽しい、とさとみも思った。
 地元に帰ったら、灰色の毎日が待っているのだろう、自分とは話が合う人なんて一人もいないのだろうと思っていたけど、そんなことはなかった。彼らのジョークに自然に笑っている自分がいた。
 けれど、皆でいて思ったのは、彼らの強く固い結束力だった。このコミュニティーの中にいれば、収入が多少少なくても、実家住まいでも、ぬくぬくと生きていける。だけど、一度、ここからはじかれてしまったら、生きていく場所はないかもしれないとも思った。
 首筋がすうっと寒くなる。だけどそれは、日が落ちてきたからだ、と思う。三時を過ぎれば、すぐに冷えてくるからだと。
 今はただ、焼いたばかりの肉が置いてある皿を片手に持ったまま、皆の話に笑っていようと心に決めた。

「ありんこ農場」の代表番号として記入してある家の電話が鳴ったのは、夕方のことだった。さとみと母がちょうど倉庫から戻ってきた時で、母がすぐに電話を取った。家電に出るのはほぼ母だ。相手はご近所か親戚で、さとみが出ても意味がない。通販のお客が、電話で問い合わせしてくることはほぼないからだ。
「え? NHKの? 前橋支局? はい......ありんこ農場はこちらですが......ええ、え? うちの『お母さんのあったか小包』ですか? はい。やってますけど。え、ええ......まあ、週に一回か二回くらいですかねえ」
 洗面所で手を洗っていたさとみは慌てて手を拭いて戻る。
 電話台の前で背中を丸めている母の肩を、指先でつんつんと叩く。振り返った母に「誰?」と唇だけで聞いた。
 母はさとみに目配せして、電話口を手で押さえ、「NHKだって」と小声で言って、またすぐ電話に戻った。
「え。取材ですか?!」
 母の声に、今度は肩を引っ張って、自分も受話器に耳を寄せた。
「朝の『ほっとぐんま』で『お母さんの小包』を取り上げたいんです。もしかしたら、全国放送の『おはよう日本』でも放送されるかもしれません」
 中年男性の太い声だった。
「よろしければ、一度、おうちにうかがわせていただいて、お話しをきかせていただけないでしょうか。できたら、農作業の様子や『お母さんのあったか小包』を作っている様子もカメラに撮らせていただきたいんですけど」
 母とさとみは顔を見合わせた。
 さとみがうなずく。
「あの、いいですけど、あの、そんなに取材していただくような、たいしたことじゃないんですよ。うちで採れたお米とか野菜とかを詰めて送るだけのことですから」
 さとみは思わず、母の横腹を指先で強めにつつく。母は身体を折り曲げて、それをよけた。けれど、それ以上、強く拒否をしなかった。顔が笑っていた。
「いえいえ、それが温かい小包を作っている証拠ですよ。こちらとしても、『田舎では普通のことでも都会では大きな価値を生む』というような視点で取材したいんです」
「まあ、そんな」
「そう堅苦しく考えず、お気楽に、一度、お話しを聞かせていただけませんでしょうか。とりあえず、来週などはいかがでしょう......」
 
 次の週の平日の昼間、本当に前橋局の人が来た。
 訪問したのは、ディレクターの中年男性、さとみも何度かニュースで顔を見たことがあるレポーターの女性、そしてカメラマンの三人だった。意外に少ないのだな、とさとみは思った。
 まず、居間に通して、さとみ、母、父、祖母からレポーターが話を聞き、その様子をカメラで撮った。父や祖母はほとんど話をしなかったが、レポーターは何度も祖母に声をかけた。
「お祖母ちゃんも、『お母さん小包』を作っているんですか?」
 祖母はきょとんとして首を傾げたが、母に「お祖母ちゃんも一緒に働いているのか、って」とうながされると、「畑をやってます」と案外、しっかりした口調で答えた。
「どのような方がお客さんなんでしょうか」
 その問いにはさとみが答えた。
「あまり用途をお聞きすることはないんですが......まあ、一種のネタというか、ツイッターで少しバズったりもしたので、面白半分に頼んでみようか、というような感じの人が多いですね」
 すると、レポーターの彼女がちょっと眉をひそめ、ディレクターの方を見た。答えが、彼女やディレクターの意思にそわなかったのかもしれない。
「あの、ツイッターというのは企業名なのでちょっと......SNSでお願いできますか」
「あ、NHKですもんね」
 自分も一応は、テレビ関係の仕事をしたこともあるのに何やってるんだ、と気がとがめた。もう少し、相手の意にそうような話ができなければ、取り上げられなくなってしまうと思って少し焦った。
「どのような方が購入されるんでしょう?」
 彼女がもう一度同じことを聞いた。
「やっぱりSNSを見て、どんなものが送ってくるのか見てみたいという方もいますし、田舎や故郷の温かみのようなものを体験したいという方、昔は自分で小包を作って子供に送っていたけど年齢的にそれがきつくなってきたので代わりに送って欲しいという方、また、本当の母親とは疎遠になってしまっているけど、それを夫や婚約者に言えなくて、この『お母さんのあったか小包』を頼まれている人もいます」
 最後の話は母からちらっと聞いただけで、今のHPになったあと、購入者から直接聞いたわけではないのだが、テレビの人が喜びそうな気がして言ってみた。
 案の定、彼女は満足そうに大きくうなずいて、「家族が希薄な時代ですもんね」と言った。
「はい。家族関係が希薄な時代だからこそ、こういうサービスが受け入れられるのかもしれません」
 思わずつられて、彼女の言葉をそのまま口移しのように話してしまった。
 その後、畑での作業を撮ったあと、倉庫に場所を移し、さとみと母と祖母が「お母さん小包」を荷造りしている様子を映した。
 しかし、さとみは、カメラマンが母や祖母ばかりを撮っている、と途中で気が付いた。
 通販全体はともかく、「お母さんのあったか小包」の主な作業は私がやっているのに......と不満もあったが、「お母さん」の名称がある以上、しかたがないとは思った。

母親からの小包はなぜこんなにダサいのか

Synopsisあらすじ

吉川美羽は、進学を機に東京で念願の一人暮らしをはじめる。だがそれは、母親の大反対を振り切ってのものだった。
頼れる知人も、また友人も上手く作れない中で届いた母からの小包。そこに入っていたものとは……?

Profile著者紹介

原田ひ香(はらだ ひか)
1970年神奈川県生まれ。2006年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。
著書に『三千円の使いかた』、『口福のレシピ』などがある。

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