母親からの小包はなぜこんなにダサいのか第四話 お母さんの小包、お作りします(3)

「お母さんの小包、お作りします」
 そんなホームページができあがったのは、年も明けた、一ヶ月ほど後のことだ。
 ――故郷のお母さんから送られたような、おしゃれではないけど温かい、そんな小包はいかがですか。「ありんこ農場」は従来の野菜の宅配に加え、「お母さんのあったか小包」を始めました。
 商品のほとんどは今までと同じ、紅はるかや米、ジャガイモの単品の小包だ。だけど、一割ほど、「お母さんのあったか小包」というのを作ってみた。
 サツマイモとジャガイモ、米というシンプルなセットから、そこに季節の野菜を加えたセット、他に地方のお土産「水沢うどん」や「味噌まんじゅうの真空パック」と合わせるセット、シークレットで「開けるまで何が届くかお楽しみ」というものまで作ってみた。
 正直、最初はほとんど売り上げはなかった。
 元々の常連さんが「水沢うどんを食べてみたいから入れて」と言ってくるくらいだった。そんな時は道の駅までさとみが自家用車で買いに行った。
 日々の生活も規則正しくなり、安定してきた。
 さとみも朝から両親と一緒に畑に出て収穫し、それが終わると袋詰めをして、農協や道の駅に持っていく。弟の隆とは夕食の時くらいしか顔を合わさない。それも、週に三、四度塾に行っているから一日中会わないこともあった。
 祖母は、週に一度は病院に、週に三度はデイサービスに行く。デイサービスは迎えの車が来るが、病院は誰かが付き添わなければならない。母が「お祖母ちゃんは、あんたの言うことなら聞く」と言うので、それは自然にさとみの仕事になった。確かに、祖母は時々行きたくないとごねるが、さとみが「一緒に病院に行こう」と言うと、嫌がらずについてくる。
「先生の前ではちゃんとしなくちゃだめだよ」と車の中で何度も言う。どうも自分の病院ではなくて、さとみの通院について来ているつもりらしい。
 最初に「これから、さとみもしばらくこっちにいることになったのよ」と母が家族に報告した時も、「嬉しいねえ」と手放しで喜んでくれたのは祖母だけだった。
 父はいつも黙っているから何を考えているかわからないし、母は祖母の言葉に「そうね、よかったね」と相づちを打っただけでなので、本心は見えない。
 道の駅に自分の家の品物を並べに行くと、同級生や幼なじみと顔を合わせることもあった。たいていは挨拶程度の話しかしないが、話しかけてくれる人もいた。
「さとみっちじゃん」
 振り返ると、それは小学校の頃仲良かった、亜美ちゃんだった。
 金髪に近いくらいに髪を脱色している。それを時折、指ですくようにいじりながら話す姿は昔から変わらない。
「亜美ちゃんも品出しに来たの?」
「ううん。ただの買い物。うちは農家じゃないもん」
 そうだった、亜美ちゃんは......農家じゃ......なかった。
 一年生で彼女と同じクラスだった時、遊んでいる途中で「亜美ちゃんのパパは何しているの?」と聞くと「東京の会社でお仕事しているの」と答えた。
「え、いいなあ」
 思わず、大きな声で言ってしまった。
 子供の頃、農家でない、会社員の家は憧れだった。それも、東京だなんて。
「パパは東京でお仕事なの。だから、会えないの」
 亜美ちゃんは今みたいに金髪ではないけど、少し茶色っぽい髪がふわふわしていて、本当にかわいかった。服もおしゃれだったし、当時、一緒にいて一番楽しい友達だった。
 本当は亜美ちゃんのパパは東京にも、どこにもいない、ということがわかったのは、小学校高学年になった頃だろうか。
 亜美ちゃんのお母さんは美容師さんで、街の美容院で働いていた。亜美ちゃんのパパは少年院に行った男だとか、街に流れてきた男だとか噂はあったが、誰も確かなことは知らなかった。
「お母さん、元気? 今も美容院に勤めているの?」
 記憶を手繰り寄せながら、質問する。
「うん。あたしも、そこでバイトしてる」
「そうなんだ」
「美容の専門に行ったんだけど、ばっくれて、資格とれなかった」
 彼女は舌を出した。
「そうなんだ」
 馬鹿みたいだけど、同じことしか答えられなかった。
「今も実家に住んでるの?」
「ううん。働くようになってから、家は出たよ。でも、ママとは店で会うからさ、資格をちゃんと取れ、また学校に行けってうるさいの。でも、美容師の資格とかめちゃくちゃ大変なんだよ」
「だろうね」
「めんどいから行ってない。さとみっちが帰ってきてるって友ちゃんから聞いてたけど」
「え、そう?」
 もしかしたら、噂になっているのかもしれない。こうして、道の駅やスーパーなんかに普通に出入りしていたら、当然誰かに見られる。
「もう、こっちにずっといるの?」
「たぶん」
 ありがたいことに、彼女は特にそれに理由を求めず、「もう仕事は終わったの? あたし、これからお宝市場に行くけど、さとみっちも行かない?」と誘ってくれた。
「お宝市場?」
 そう聞き返しながら、確か、国道沿いにそんな名前の、倉庫みたいな店があったなと思い出す。リサイクルショップの全国チェーンのはずだ。社長は時々、テレビに出ている。
「うん。あたし、最近、服はいつもあそこなんだ」
「行ったことないや。服もあるの?」
「うん、行こうよ、楽しいよ」
 道の駅に出したのは庭先の畑にあるハウスで作ったミニトマトとオクラだけだったので、原チャリで来ていた。それはそのまま置いて、亜美ちゃんの軽自動車に乗せてもらうことにした。
「さとみっちのお祖母ちゃんとか元気? ずっと会ってないよね」
 昔はよく遊びに来ていたけど、中学生くらいから家に来ることもなくなった。亜美ちゃんとはグループが違ってしまったから。亜美ちゃんは少しだけぐれている、ちょっと派手な女子が集まる「不良グループ」に入っていた。
「まあ、身体は元気だけど、ちょっとアルツハイマーなんだよね。私が病院に連れて行ってる」
「今、皆、そうだよね」
 ちょっと前なら、亜美ちゃんと一緒に買い物に行くなんて、考えられなかったかもしれない。
 だけど、彼女がさとみに、なんで東京から帰ってきたの? どうして会社を辞めたの? と聞いてこないことが妙に気楽で心地よく、つい車に乗ってしまった。
 なんとなく、彼女の中では「人は東京ではうまくいかなくて、こっちに帰ってくるのが普通」と思っているような気がした。そのことに大きな理由はいらない。それに、お祖母ちゃんのアルツハイマーのことも、そう深刻にならずに受け取ってくれた。人は年を取れば、アルツハイマーになる、と。
 不思議だ。ここのところ、そこそこハードモードだった自分の人生が、亜美ちゃんといると普通に見えてくる。彼女が特別なことを言ってくれたわけじゃない。ただ、「ふーん、そうなんだ」「まあ、皆、そうだよね」とか相づちを打っているだけなのに。
「亜美ちゃんは、今どこに住んでるの?」
「実家の近くにアパート借りてる。家賃三万で、駐車場もついてるから割りに安いよね。近くにでかい道路も通ってるし。さとみっちは家、出ないの?」
「まだ、仕事もないし」
 現金収入のない自分が一人暮らしなんかできるわけない。そうなったら、軽自動車くらいは必要になるだろうけど、そのお金もない。
「服なんて、最近、ユニクロでしか買ってないな」
 早朝の農作業用に、温暖パンツを一枚買ったきりだ。あまりにも寒いから。
 どこか、自虐気味につぶやいたのに、「ユニクロって高くない?」と亜美ちゃんは返してきた。
「そう?」
「ユニクロ、新品だと結構高いじゃん。ユニクロだってすぐにばれるし。しまむらもばれるし、他の人とかぶる。だから、あたしはいつもお宝市場。そこで千円くらいのブランド物の古着を買った方が、安いし、品物もちゃんとしているよ。飽きたら、メルカリとかで売れるし」
「ブランド物なんてあるの?」
「―――とか、――とか」
 彼女が上げたのは、駅ビルに入っていて、OLがよく使うブランドだった。東京にいた時はさとみも行っていた。
「―――? すごいじゃん」
 半信半疑だったが、お宝市場に行くと衣服のコーナーがあり、山のように服が並んでいた。本当に――も――もある。
 さとみも千円台のカットソーやセーターを買った。
 その後、「お茶、飲んでいこうよ」と言われて、同じ国道沿いにあるマックに連れて行かれた。隣には「コメダ珈琲」もあったけど、「あそこは高いから」と彼女は通り過ぎた。
 彼女とマックで百円のコーヒーを飲みながら話をして、彼女と地元の情報をかなり仕入れることができた。
 亜美ちゃんは、ママと同じ美容院で時給八百円で月百五十時間以上働いて、そこから源泉徴収されて(なんか、いろいろ引かれて、と彼女は言った)十万円ちょっとくらい稼いでいるそうだ。軽はママに買ってもらい、維持費は出してもらってるけどぜんぜんお金が足りない、でも、周りの皆もほとんど同じだから別に気にならない。
「それ、確定申告したら、結構、戻ってくるんじゃない?」
 一応、そうアドバイスしてみたけど、「聞いたことないなあ」と言われて終わった。
「お休みの日にバーベキューとかするから、今度誘うよ」
「バーベキューなんて、しばらく行ってないな」
「肉屋に勤めてる男がいて、そいつに肉を調達させるからさ、公園とかでバーベキューセット貸してくれるところもあるし。一人、千円くらいだよ」
 他にも、飲み物オール百円の居酒屋とか、一人百円のカラオケボックスとかいろいろあるから、お金がなくても結構遊べるよ、と言われた。
「また、遊ぼうよ。他の子も呼ぶし」
 亜美ちゃんと帰りにLINEのアドレスを交換して、道の駅まで送ってもらった。
 原チャリで一人、家に帰る時には少し薄暗くなっていた。自分の実家の近くの道を、夕日を浴びながら走っていると、何か、悲しさや焦りと共に、どうしようもない気楽さも感じた。
 確かに、今日買った服みたいに、きっとお金を使わなくても楽しいこと、お得なことはこのあたりにたくさんあるんだろう。
 だって、皆、やっているんだから。生きているんだから。
 亜美ちゃんと一緒に、安い服を買ったり、カラオケで歌ったりしているうちに、月日は流れていく、たぶん。そして自分はすぐに三十になり、四十になり、年寄りになっていく。
 その頃には、東京の大手町で働いていたことも、男にだまされたことも、あの男が今頃、東京のタワーマンションで家族とのうのうと生きていることも忘れられるんだろうか。
 そう思ったら、自然に涙が出てきて頬が冷たくなり、そして、風に飛ばされてこそばゆくなった。
 家に帰ると、母が「注文、入ったわよ」と言った。
 亜美ちゃんと会った、これから少し出かけてくる、と母には連絡を入れていた。高校の頃より真面目なくらいだ。
「なんの注文?」
「ほら、『お母さんのあったか小包』。シークレットで作ってくださいっていう注文が初めて入ったわよ」
 母は少し笑っていた。

母親からの小包はなぜこんなにダサいのか

Synopsisあらすじ

吉川美羽は、進学を機に東京で念願の一人暮らしをはじめる。だがそれは、母親の大反対を振り切ってのものだった。
頼れる知人も、また友人も上手く作れない中で届いた母からの小包。そこに入っていたものとは……?

Profile著者紹介

原田ひ香(はらだ ひか)
1970年神奈川県生まれ。2006年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。
著書に『三千円の使いかた』、『口福のレシピ』などがある。

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