母親からの小包はなぜこんなにダサいのか第三話 疑似家族(1)

「もうお母さんたら、また、こんなもの送ってきて、困っちゃうー」
 石井愛華(あいか)は大げさなくらいはしゃいだ声を上げた。
「え、なになに?」
 玄関のところで段ボール箱を開けていると、幸多(こうた)が嬉しそうに近づいてきた。
「これ見てよー、お米なんてさ、こっちでもいくらでもあるって言ってるのに......うちのが一番おいしいからって入れてくるし」
 眉をひそめながら、愛華は大きなジップロックに入った米を持ち上げた。
「でも、本当においしいじゃん。僕、愛華のうちの家の米で初めて知ったよ。おかずいらないご飯があるんだって」
「幸多さんがそんなこと言うから、お母さんが調子に乗るのよ......それから、サツマイモ......これは商品にならないやつだな」
 不格好だったり、大きくなりすぎたり、収穫の時に傷ついてしまったりと、訳ありの「紅はるか」が五キロ、ゴミ用の透明なポリ袋に入って出てきた。
「涼しいところで少し成熟させてください、冷蔵庫は冷たすぎるので避けてください、傷のついた芋は先に食べてください、か。まだ成熟させてないんだね」
 ポリ袋には手紙がついていた。
「いつも優しいねえ。ちゃんと注意してくれて」
「ねえ。そのくらい、わかってるのに」
 さらに米と芋の隙間に、ピーマン、きゅうり、なす、トマトなどの野菜が少しずつ詰まっていた。
「愛華の実家ってすごいよねえ。お芋やお米以外にも、なんでも作ってるんだね」
「ううん。こういう野菜は庭先で作ってるのよ、自宅用に。余ったのは近所の他の家にあげたりするんだけど、向こうもくれるから結局使い切れないの。それを送ってくるだけ」
「あまるほど食べ物があるなんて、いいなあ」
「野菜や米は買ったことはないわね」
「早く、愛華の実家に行ってみたいよ」
 それには答えず、トマトを手に取って、頬に当てる。母が作ったような、太陽の匂いがした。
「明日はこれでラタトゥユを作ろうかな」
 トマトを頬に当てて、小首をかしげた自分はそこそこかわいいに違いない。
「ラタトゥイユ、楽しみだなあ」
 幸多は満足そうにダイニングキッチンに入っていった。
 愛華は自分でも気づかぬうちに、ふっとため息をついていた。そして、それに気づいた時には、どこか傷ついていた。

 ――今回はありがとうございました! いろいろ野菜も入れていただき、本当に嬉しかったです。また、必ず、お願いしますので、よろしくお願いします。
 メルカリの出品者との通信欄に書き込む。評価欄にも記入した。「何度もお願いしている、信用できる出品者さんです。おまけで入れてくださる野菜もいつもおいしいです!」
 返事はすぐに来た。
 ――こちらこそ、いつもありがとうございます。メモにも書きましたが、紅はるかは玄関先などの温度の低い、日の当たらないところで数週間、追熟させていただくとおいしいお芋になります。野菜は自宅用に作った無農薬野菜です。ご笑納ください。
 愛華がこの出品者、「群馬のありんこ」さんを見つけてほぼ一年になる。
 最初の始まりは、サツマイモの「紅はるか」だった。
 NHKの番組でこの品種を知った。ゆっくりと時間をかけて焼けばねっととした触感となり、それを冷凍して食べるとまたさらにおいしいと知った。
 焼き芋を冷凍して食べるなんて......もともとサツマイモ好きの愛華はすぐに試してみたくなった。
 翌日、近所のスーパーに行ってみたけれど、紅はるかはどこにも置いていなかった。出たばかりの品種だし、テレビで放送された効果で売り切れていたのかもしれない。次の日、会社帰りにデパートの地下の食品売り場でやっと見つけた。ビニール袋に数本入ったものが、なんと五百九十八円もした。それでも、どうしても食べたくて買って帰った。
 結果は予想以上だった。
 百八十度の温度のオーブンで四十分、アルミホイルに包んで焼いた芋は透明感があり、舌にからみつくほど甘かった。冷凍にする暇もなく、すぐに食べてしまった。
 しばらくすると、近所のスーパーにも並び始めたけど、値段は百円くらい安いだけだった。都内のスーパーではどこも高く、普通の芋が大きなものでも百円程度で買える時に三百九十八円だったり、四百九十八円だったりする。
 それでも、時々、「自分へのご褒美」として買っていたのだが、Twitterで「安納芋を農家から直接買っている」という文章を見てひらめいた。
 ――自分も紅はるかを農家さんから直接買ったらどうだろう。
 まずは、普通に検索にかけると、確かに「紅はるか」も直接取引している農園がいくつかあった。しかし、その方法が結構やっかいで、ファックスで申し込みし、郵便局から振り込むなど手間がかかるし、当時、幸多との同居前で一人暮らしをしていた愛華には見知らぬ個人に、住所を明かすということは少し抵抗があった。
 自分を守れるのは自分しかいない、というのが愛華のこれまでの人生の中で最も大切な信条だった。
 ――もっと簡単に通販できないかなあ。
 それで、アマゾン、楽天、ヤフーショッピングなどを回ったあと、ふと思いついて、ヤフーオークションをのぞいてみた。
 すると、あるある......ちょっと検索しただけでも農家が直接出品している品がどんどん出てくる。
 ――オークション形式だと、終了時間まで待たないといけないのが面倒だなあ。あ、メルカリにないかしら。
 これまで、メルカリには服やバッグの売買でお世話になっていたが、食べ物のことは考えたことがなかった。
 それでも、一応、検索してみた。
「紅はるか」「五キロ」
 すると、また、ぞろぞろと出品された品が見つかった。しかも、送料込みの品が多く、通販以上にお手軽だった。
 中には傷物を驚くほど安い値段で売っている人もいた。十キロ以上だとさらに安くなるのは送料の関係もあるのだろう。メルカリは匿名配送も充実している。
 ものは試しと、一箱十キロ入りの「訳あり紅はるか」を買ってみた。
 それが「群馬のありんこ」さんとの縁だった。
 十キロのサツマイモがメルカリの定額パックの段ボール箱に入っていた。少しの隙間に「自分の田んぼで作った米」「庭先で家庭用に作ったピーマン」が詰まっていた。定額パックは全国一律で送料が決まっているので、余計なものが入っていようがいまいが値段は変わらない。しかし、一つサイズの小さい箱だと入りきらないので......という説明が、良く言えば丁寧に、悪く言うとくどくどと書いてあった。また、「お嫌いでなければ、ピーマンはとても新鮮ですので、生のままでも食べられます。その方が苦みもありません」とも添えられていた。
 驚きつつ、手紙にあった食べ方......豚ひき肉をそぼろにし、二つ割りにした生ピーマンを入れ物のようにして食べてみた。
 苦くも、臭くもなかった。こんなにおいしいピーマンを食べたのは初めてだった。
 その時はすでに「群馬のありんこ」さんとは取引を終了していたので、その感動や感謝を伝えることはできなかった。
 もちろん、本命の紅はるかはとてもおいしかった。多少傷ついていたものもあったが、焼いたりふかしたりして食べる分にはまったく問題がない。きれいなものの何本かは会社に持っていって、同僚にお裾分けもしたりした。
 すぐに二回目を頼んだ。
「群馬のありんこ」さんは自己紹介欄に「リピーターの方は事前にコメント欄にご連絡くだされば百円引きにします」と書いてあったので、それを使わせてもらうことにした。
 次は、紅はるか五キロと自家製米五キロのセットをお願いした。おまけのお米もとてもおいしかったからだ。
 そして、コメント欄に「以前に購入させていただいた、LOVE27です。また、お願いします」と書き込むと、「ありがとうございます! 百円引きさせていただきますね」とすぐに返事が来て、実際に百円引かれた。
 今度はサツマイモと米五キロずつと、ピーマン、オクラ、きゅうりが入っていた。
 またもや手紙が入っており、「再購入、本当にありがとうございます。家族でほそぼそとやっている農家ですが、励みになります」ときれいな字で書いてあった。
 受取通知をして取引を終える前に、「実は、前に入れていただいたピーマンがとても新鮮で、ありんこさんに教えてもらったように生で食べたら甘くておいしかったので、めちゃくちゃ嬉しいです!」と書いた。
「まあ、こちらこそ、そう言っていただいて、嬉しいです! これからも頑張ります」
 このやりとりで、少しずつお互いの気持ちが伝わっていたように愛華には思えた。
 春になると、「こちらが、紅はるかの最後の出荷です。次は秋からになります」と書いてあった。とても残念だったけど、「群馬のありんこ」さんはその少し前から新じゃがの出荷を始めていて、愛華は引き続き通販を利用することにした。

母親からの小包はなぜこんなにダサいのか

Synopsisあらすじ

吉川美羽は、進学を機に東京で念願の一人暮らしをはじめる。だがそれは、母親の大反対を振り切ってのものだった。
頼れる知人も、また友人も上手く作れない中で届いた母からの小包。そこに入っていたものとは……?

Profile著者紹介

原田ひ香(はらだ ひか)
1970年神奈川県生まれ。2006年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。
著書に『三千円の使いかた』、『口福のレシピ』などがある。

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