母親からの小包はなぜこんなにダサいのか第四話 お母さんの小包、お作りします(5)

 実際に、次の週、取材内容はちゃんとニュースの一コーナーになった。
 最初は「ほっとぐんま」で、次に「おはよう日本」で。ほぼ同じ内容が二回流れた。
「あなたは最近、お母さんからの小包を受け取りましたか? 次は『お母さんからの小包』をめぐる、こんな変わったサービスの話題です」
 スタジオでこの間、家に来たレポーターの女性が言って、VTRが始まった。
「まあ、こんなもんだよねえ」
 それが終わると、母はつぶやいて、テレビの前から席を立ち、台所に行った。
 あんなにたくさん撮ったのに放送されたのは数分で、ほぼ、居間での家族団らんシーンと倉庫での作業シーンだけだった。母や祖母が話したり作業したりする場面にかぶせて、レポーターの女性のナレーションで業務内容が説明された。さとみは少ししか映らなかった。
 ただ、さとみが「本当の母親とは疎遠になってしまっているけど、それを夫や婚約者に言えなくて、代わりにここの『お母さん小包』を頼まれている人もいます」「家族関係が希薄な時代だからこそ、こういうサービスが受け入れられるのかもしれません」と言ったところがVTRの締めに使われていた。
「語るねえ」
 朝食を食べながらテレビを観ていた隆がぽつんと言った。
「どういう意味よ」
「別に」
 彼はさっさと食卓を立った。
「まあまあ、だったよね?」
 さとみは母の後について台所に行き、洗い物を始めた彼女の隣に立って尋ねた。
 母は何も答えなかった。
「ちゃんと通販のことも言ってくれたし、HPのトップページも映してくれたしさ。きっと申し込みも増えるんじゃないかな」
「そりゃあ、売り上げは増えるでしょ、多少は」
 母がどこか、投げやりに言った。
「何よ、なんか、文句あるの?」
 母はコックをひねり、水圧を上げた。水音を高くあげる。
「どうしたの? なんか、言いたいこと、あるの?」
「......あんなふうに言って良かったのかね」
「あんなふうって?」
「家族とうまくいかなくて小包を頼んでくる人なんて、一人か二人なのに、なんか、あれじゃ、ここに頼んでくる人、ほとんどがそんな感じって思われたんじゃない? お客さんに迷惑かからなければいいけど」
「そんな......だったら、あの時、そう言ってよ」
「だって、使われると思わなかったもの」
「でも、あんなニュース、皆、じっくり観ないよ。朝のニュースなんて、観流されるでしょう」
「どうかね」
 それから、親戚や近所の人から「観たよ」と連絡がじゃんじゃん入った。母がほとんど対応した。
「まあ、ちょっと取材させてくれって、連絡があってねえ。ちょっと撮ってもらっただけなんですよ、いえいえ、恥ずかしいわ」
 皆に同じように答えているのを何度も聞いた。
 ホームページへの反響もすごくて、それまで週に一、二件、入るか入らないかだった「お母さんのあったか小包」の注文が一度に数百件入って、とても対応できなくなった。すぐに注文を止めたけど、ほとんどの人には発送を待ってもらうよう、メールを書かなくてはならなかった。その時点で「じゃあ、いらないです」と断ってきた人も多かった。
 そういった対応が落ち着くまで、数週間かかった。
 中には、家に直接電話をしてきて文句を言う人もいた。一番怖かったのは、家まで車で尋ねてきた中年男性がいたことだった。薄茶色のジャンパーを着た、六十代くらいの人だった。
 にやにや笑いながら勝手に庭の中まで入ってきて、家の引き戸を開け「お母さんの小包を売って欲しい」と言った。田舎のことなので、昼間はドアを開けっぱなしにしていたところをやられた。
「今、注文が殺到していて、皆さんにお断りしていて」と言うと、では「お嬢さんとお母さんと、写真を一緒に撮りましょう」と玄関口に座って帰らない。
 ものごしは柔らかいし、人なつっこいのだけど、どこか図々しくて、気味が悪かった。
 幸い、家にいた父が玄関まで出てきて、「じゃあ、私と写真を撮りましょうか」と言ってくれた。すると、男は急にへどもどして、庭先で父と写真を撮ると逃げるように帰ってしまった。こんなに父を頼もしく思ったことはなかった。
 通販のHPなので、こちらの住所を書かないわけにはいかない。この経験は、改めて世間の怖さを知らしめてくれた。
 そして、一番応えたのは、取材を受ける前にHPから「お母さんのあったか小包」を注文したと言う女性からのメールだった。件名はなかった。
 ――おたくで「お母さんのあったか小包」を頼んだものです。ニュースを見て、びっくりしました。あんなふうにどうどうと「母親とうまくいってなくて家族をだますために頼む人がいる」と言われて、本当にそうしてた人がどうなると思いますか? 私は夫に知れて、「君の親から来た小包、群馬からだったけど、これじゃないんだろうな」と問い詰められました。なんとかごまかしましたけど、夫はそれからずっと疑っていて、私の親に会わせろと言います。あなたたちがやったのは、個人情報の漏洩じゃないですか? もしも、離婚になったら訴えさせていただくので、覚悟してください。
 名前はなく、メールアドレスもこれまで注文があったものではなかったので、いったい、誰が送ってきたものかもわからなかった。
「お母さん、ねえ、お母さん」
 深夜、そのメールを受けたさとみは印刷して、階下の母に見せに行った。
 ちゃぶ台の上で、帳簿を付けていた母はすぐに読んだ。
「......こんなの、本当のことかわからないし」
 声が震えてしまった。
「でも、こういうことがあっても不思議じゃないよ」
 母も顔色が白くなっていたが、どこか落ち着いていた。
「どうしよう......」
「それなりの責任を取るしかない。本当に訴えられたら、私たちができるだけのことをするしかない」
「そんな......」
 母は顔を上げた。
「私たち、ちょっといい気になっていたのかもしれないね」
「いい気になるって、まだ、事業も始まったばかりなのに」
 母はしばらくだまっていたが、さとみの肩をさするようにした。
「......さとみ、本当にずっとこっちにいるの?」
「え」
「さとみが頑張ってくれてるのはわかるよ? だけど、本当にずっとこっちにいていいの? 東京に帰らなくていいの?」
「なんで、そんなこと聞くの? 私がここにいちゃ邪魔?」
「そうじゃないよ。もちろん、ここにいて欲しいさ。お祖母ちゃんのこととかも一緒に世話してくれて、本当に助かってるよ。好きなだけいていいさ。だけど、ここにいて、さとみは幸せ? 本当に満足してる?」
 さとみは答えられなかった。
「こっちでやってること、無理してるでしょ。うちのあまったものの通販なんて、私が農作業の合間にやるくらいの規模の仕事だよ。さとみが一緒にやってくれるほどのことじゃないよ。わかってるでしょ? さとみ、こっちで一旗上げないと、こっちになじまないとって、無理してない? こっちにいて、何もしなくても、さとみは娘さ。好きなようにしてていい。だけど、無理が見えるのは、つらいよ、親として」
「東京にいて欲しいの?」
「そういうわけじゃないよ。だけど、ここにいることで、キャパ以上に頑張っている娘を見るのもつらい。のんびりして、少し元気になったら、東京でまた仕事を探すことも考えたら」
 さとみが黙っていると、母は自分のスマホを見せながら話した。
「最初に、私が『お母さんの小包として頼んでくれている人がいる』って言ったでしょ? その人も同じ事情があったから連絡してみた。何か、ご迷惑かけてないですか、って」
 母のLINEのやりとりがちらりと見えた。
「だけど、大丈夫ですって。私と一度話し合ってから、ちゃんと婚約者に先に伝えていたんだって。だから、ぜんぜん大丈夫、応援してますって言ってくれた。『お母さんのあったか小包』はそのくらいの仕事なの。LINEとか、メルカリとかでやりとりできるくらいの相手に送るだけの」
「そうね」
「LINEやメルカリなら、住所もオープンにしなくて、こちらのできる範囲でやれるし......これ、さとみの言うような『事業』にするなら、もっとちゃんとやらないといけけないんだと思う。私にもそこまでの覚悟がなかったのかもしれない。ごめんね」
「ううん、こちらこそ、ごめん」
 そうなんだ、仮にも「お母さんのあったか小包」なのだ。そんな真心が、量産できるわけはなかったのだ。
「でも、お母さん、大丈夫?」
「何が」
「こんなこと、テレビで放送までされちゃって、近所や親戚の人になんか言われない? あんな商売始めたのに、すぐにやめて尻尾巻いて逃げた、とか」
 彼らがどんな噂をするか、安易に想像できる。
「かまわない。そんな噂なら、あんたが帰ってきた時に十分されてる」
「そりゃそうだよね」
 思わず、二人で声を合わせて笑ってしまった。笑いながらさとみは考えた。
 本当に、実家の農産物の通販がやりたかったのか。それとも、元「恋人」に、東京に、同僚に、友人に、見せつけたかったのじゃないか、と。
 自分が地方でも、実家でも「できる人間」だということを。
「お母さん、ごめん」
 自分の居場所は、自分で探さなければならない。

 それからさとみは群馬から、東京の仕事を探した。
 家の仕事を手伝いながら、週に何度かスーツを着て上京して、大手町の証券会社に就職が決まった。就職活動をしながら、時々、あの男の言葉を思い出した。
「君のスキルならどんな会社にも行けるだろう」
 あんなことのあった男なのに、それはさとみの自信となって背中を押してくれた。最低の経験でも無駄にならないのだ。
 また、面接の時に雑談で「お母さんのあったか小包」のことを話したら、ニュースを観てくれた人がいて話が弾んだ。
 前に住んでた錦糸町の大家さんに連絡したら、同じ部屋がまだ空いたままだと言われた。不動産屋に連絡して、そこに入ることになった。大家さんは喜んで、敷金も礼金もゼロにしてくれた。
「じゃあ、行ってくるよ」
 同じスーツケースを引っ張って、実家を一人で出た。
 タクシーに乗り込んで、実家を振り返る。早朝なので見送ってくれたのは母一人だ。手をずっと振っていた。
 次はすぐに帰ってくるつもりだった。前のように三年に一度でなく、ちょくちょく帰ってきて、祖母や両親の顔を見よう。
 それがわかっただけでも、少しは前進だと思った。
「あのさ、今度私にも小包送ってよ!」
 最後にそう頼んだ時の母の笑顔は、いつまでも心に残った。

母親からの小包はなぜこんなにダサいのか

Synopsisあらすじ

吉川美羽は、進学を機に東京で念願の一人暮らしをはじめる。だがそれは、母親の大反対を振り切ってのものだった。
頼れる知人も、また友人も上手く作れない中で届いた母からの小包。そこに入っていたものとは……?

Profile著者紹介

原田ひ香(はらだ ひか)
1970年神奈川県生まれ。2006年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。
著書に『三千円の使いかた』、『口福のレシピ』などがある。

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