最高のアフタヌーンティーの作り方第一話 私のアフタヌーンティー(4)

 その晩、涼音(すずね)は自分の部屋で遅くまでパソコンに向かった。
 ツーラインという考えは、もしかしたら当たりかも分からない。十二月と言えば、飲食関係はどこもかしこもクリスマスメニュー一色だが、それ以外のものを求めているゲストだって、案外多いかもしれないのだ。
 たとえば、一年頑張った自分へのご褒美。家族や気が置けない仲間と、ゆっくり楽しむ忘年会......。
 涼音はキーボードをたたく。
 あまりカップル向けではなく、季節的には定番のシュトーレンを加えるくらいで、後は、一年のうちで人気のあったスイーツやセイボリーを配して――。バッキンガム宮殿のレシピを応用した、トラディショナルアフタヌーンティーなんて言うのもすてきかもしれない。
 よくよく考えてみれば、達也(たつや)の作るスイーツも、意外に基本に沿ったものが多いのだ。
 春の名物の桜スコーンやよもぎスコーンは、桜山ホテル伝統のメニューだし、他にも奇抜なものは少ない。それなのに、色や香りや舌触りにきらりと輝く個性があって、食後の満足感がいや増す。きっと、基礎の土台がしっかりしているから、物珍しいメニューでなくても、洗練された印象になるのだろう。
 もしかして、この案なら、納得してくれるかな。
 微かな期待と共に、今日の達也の不可解な行動が甦る。
 クレアの手書きの文字は癖もなく、綴りが読みづらいということもなかった。
 会話は駄目だけれど、翻訳ならなんとかなるといったようなことを、先ほど別れた京子(きょうこ)が言っていたが、その逆を考えてみても、いささか極端すぎる気がする。
 あれ?
 涼音の頭の中に、なにかが引っかかった。
 そう言えば......。
 ふいに思いついて、涼音は机の引き出しをあけてみる。以前、接客コンテストに出る前に、教育系雑誌を編集する出版社に勤める兄の直樹(なおき)が家に置いていった教材を参考にしたことがあったのだ。
「あった!」
 随分昔に読んだ教材が、引き出しの奥からくしゃくしゃになって出てきた。
 折れたページをめくっていくうちに、涼音は大きく息を呑む。
 欠けていたパズルのかけらが、ついに見つかった気がした。

最高のアフタヌーンティーの作り方

Synopsisあらすじ

老舗ホテルで働く涼音は、念願叶って憧れのマーケティング部サービス課、アフタヌーンティーチームに配属された。
初めてアフタヌーンティーの企画を出すことになるのだが?

Profile著者紹介

古内一絵(ふるうち かずえ)
東京都生まれ。映画会社勤務を経て、中国語翻訳者に。第五回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、2011年にデビュー。
「マカン・マラン」シリーズが、累計10万部を突破するヒット作になる。他に『銀色のマーメイド』『十六夜荘ノート』(中央公論新社)がある。

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