モンスターシューター第9回

 テーブルの上の、杏樹のスマートフォンが震えた。
「ほら、ターゲットがホテルの下に着いたみたい。さっさと隠れて」
 杏樹に追い立てられるように、冴木はドア近くのクロゼットに身を潜めた。
「あ、はい。大丈夫です。三分くらいですね。わかりました」
 電話に出た杏樹が、冴木に聞こえるように大声で繰り返した。
 プリンスサービスのスタッフからの、星尚哉の到着を告げる電話に違いない。
 星(ほし)尚哉――プリンスサービスのナンバー1であり、浅木千穂との情事を盗撮した男。
 尚哉は、赤尾に辿り着くための大事な水先案内人だ。
 ノックの音がした。
「いま開けるから!」
 杏樹の声、足音、解錠音、ドアの開閉音......。
「プリンスサービスの星尚哉です。ご指名頂き、ありがとうございます」
「写真で見るよりイケメンね!」
「ありがとうございます。めるさんも、実物のほうがより綺麗です」
 尚哉が誉め言葉を返した。
 今回のシナリオのために、ライオネスプロと交友がある「ハミングプロ」のホームページに、杏樹が演じるデビューを控えた新人モデル......岬めるのプロフィールデータをUPさせた。
 二社のプロダクションは社長同士に個人的な交友があるだけで資本関係はないので、プリンスサービスに怪しまれることはない。
「先にシャワー浴びてきて」
「お先にどうぞ。それとも、一緒に入りますか?」
「私、エッチの前は一緒にシャワーしない派なの。待ってる間、妄想したいからさ」
 さらりとアドリブで切り返せるあたりが、杏樹の優秀なところだ。
「わかりました。じゃあ、お先に失礼します」
 ほどなくして、ドアの開閉音が聞こえた。
 恐らく、パウダールームに入ったのだろう。
 尚哉がシャワーブースに入るまでは、念のためにクロゼットに待機しているつもりだった。
 鉢合わせても尚哉を制する自信はあったが、極力、無駄なエネルギーは使いたくなかった。
 足音が近づき、クロゼットの前で止まった。
「シャワーに入ったよ」
 杏樹の声がした。
「名演だったぜ」
 クロゼットの扉を開けながら、冴木は杏樹に言った。
「仕事選び間違ったわ。いまからでも、ハリウッド目指そうかな」
 杏樹が嘯(うそぶ)き、ニヤッと笑った。
「調子に乗るな」
 冴木は呆れた顔で言い残し、バスルームに向かった。
 パウダールームに入ると、透明のガラス扉越しにシャワーを浴びる尚哉の姿が見えた。
 尚哉は背中を向けているので、冴木には気づいていなかった。
 冴木はハーフパンツの右のヒップポケットから手錠を取り出した。
 海外のサイトから取り寄せたもので、アメリカ司法省のNIJ規格で二百五十キロの引っ張り強度を持つ超高強度の手錠だ。
 因みに、左のヒップポケットにはハンドライトタイプのスタンガンが入っていた。
 世界で三本の指に入る実測七万ボルトの高電圧だ。
 任務のときに冴木が背負うリュックサックには、手錠とスタンガン以外に、結束バンド、ロープ、アイマスク、粘着テープ、ペンライト、トバシのスマートフォン、アイスピック、ペンチ、鋏、キャップ、サングラス、付け髭などが入っていた。
 冴木はシャワーブースの扉を開け、素早く踏み込んだ。
 ようやく気配に気づいた尚哉が、ゆっくりと振り返った。
「誰......」
 顔を強張らせる尚哉のボディにパンチを打ち込んだ。
 体をくの字に折り曲げ悶え苦しむ尚哉の右手を後ろに捻り上げ、手錠をかけた。
 続けて左手も後ろに捻り上げ、手錠で拘束した。
「警察!? 僕......なにも悪いことしてないですよ」
 蒼褪めた顔を冴木に向けた尚哉が、震える声で言った。
 冴木は無言で手錠のチェーンを掴み、尚哉をバスルームから引き摺り出した。
「ちょ、ちょっと......なんの罪か教えてください......」
 ボディソープに塗れた体で後ろ向きに引っ張られながら、尚哉が訊ねてきた。
「ちょっと! レディがいるんだから!」
 リビングに現れた全裸の尚哉に、杏樹が慌てて背を向けた。
「えっ......君はこの人を知ってるの!? あなた、本当に刑事なんですか?」
 尚哉が質問を重ねた。
 冴木は相変わらず無言で、ベッドのそばで尚哉の足を払い尻もちをつかせた。
「誰が刑事なんて言った?」
 冴木は言いながら尚哉の右手の手錠を外すとベッドの脚に回し、ふたたび右手首をロックした。
「え......じゃあ......あなたは誰なんですか?」
 ベッドの脚に繋がれ仰向けになった尚哉のペニスは、干乾びたカブトムシの幼虫さながらに縮んでいた。
「浅木千穂を盗撮するように命じた奴は誰だ?」
 冴木は尚哉の前に屈み、逆に質問した。
「えっ......もしかして、彼女の事務所の......」
 乾いた衝撃音――冴木は尚哉の右頬を平手ではたいた。
 尚哉が、怯えた瞳で冴木を見た。
「質問するのは俺だ。浅木千穂を盗撮するように命じたのは誰だ?」
「そんなこと言ったら......僕、殺されて......」
 乾いた衝撃音――冴木は二発目の平手を、尚哉の右頬に浴びせた。
「質問にだけ答えろ。次は拳だ。浅木千穂を盗撮するように命じたのは誰だ?」
 冴木は淡々と質問を繰り返した。
「だ、代表です!」
 尚哉が弾かれたように言った。
「プリンスサービスの横浜(よこはま)代表のことだな?」
 冴木の念押しに、尚哉が驚いた表情で頷いた。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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