モンスターシューター第39回
☆
「どうぞ、おはいりください」
尚哉がドアを開け、冴木と杏樹を玄関に招き入れた。
広々とした室内は白いフローリング床のワンルームだった。
二十畳はありそうな空間には、クッションソファと洒落たデザインのシルバーの冷蔵庫があるだけだった。
「ガキのくせに、ずいぶん贅沢な部屋を借りてるじゃねえか?」
怜を肩に担いだ冴木は、室内を見回した。
「前の仕事、給料がよかったんですよ。でも、新しい仕事は給料が下がりそうだから、もっと家賃が安いとこに引っ越さなきゃですね」
尚哉が肩を竦めた。
「なんだ、てめえ? もう、ウチに入ったつもりか? まだ、入社テストは終わってねえぜ」
冴木は言いながら、怜を床に下ろした。
体が不自由で逃げるのは困難だが、念のために手足を素早く結束バンドで拘束した。
「僕の活躍で、奴らを撒けたんですよ? こうして、隠れ家も提供してますし」
尚哉が自慢げに言った。
「調子に乗ってんじゃ......」
「まあ、いいじゃない。思ったより役に立ってるからさ」
冴木の隣に座った杏樹が、尚哉に助け船を出した。
「思ったよりっていうのが余計ですよ。こんなもんしかないですけど、適当に飲んでください」
尚哉が言いながら、冷蔵庫から取り出したペットボトルのミネラルウォーターとブラックの缶コーヒーを三本ずつ床に並べた。
「あなたも飲む?」
杏樹が壁に背を預けて座る怜に、ペットボトルを差し出した。
怜は眼を閉じたまま、杏樹の問いかけを無視した。
「こんな詐欺女はほっとけ」
冴木は吐き捨てた。
赤尾に命じられていたとはいえ、怜のやったことは絶対に見過ごせない。
一瞬でも、葉月が生き返ったと思ってしまった......。
怜が葉月に成りすましているとわかったとき、冴木は二度目の地獄に落とされた。
自分なら、どんな目にあっても構わない。
だが、非業の死を遂げた葉月を利用するのは許されることではない。
「おい、赤尾のアジトを吐けや。そうすりゃ、てめえのことは見逃してやってもいい」
冴木は怜に訊ねた。
怜が素直に赤尾の居所を教えるとは思えない。
しかし、怜を人質に呼び出す場合、赤尾が応じたとしても兵隊を配備する余裕を与えてしまう。
理想は怜から赤尾の情報を聞き出し、奇襲をかけることだ。
ただし、怜が赤尾の情報を知っていたらの話だ。
いくら信用されているといっても、あの用心深い男がすべてを怜に話しているとは思えなかった。
そして、怜が人質に取られたいま、彼女に教えた場所には決して寄りつかないことだろう。
予想通り、怜は冴木の声など聞こえないとでもいうように、眼を閉じたまま微動だにしなかった。
廊下で物音――冴木は素早く立ち上がり、赤尾の配下が所持していた拳銃をヒップポケットから引き抜いた。
冴木は拳銃を構えつつ、室内のドアを勢いよく開けた。
「うわっ、ちょ......待ってください! 俺っすよ! 俺!」
銃口の先で、内出血で腫れ上がった顔を強張らせた光が両手を上げて訴えた。
「なんだ、お前、どうしてここにいるんだよ?」
冴木は拳銃を持つ腕を下ろし、怪訝な顔で訊ねた。
「僕がピックアップしたんです。光さんが勝手な動きをしたら、ターゲットにされちゃいますから」
背後から尚哉が言った。
「勝手な動きって、なんだよ? 偉そうに。先輩は俺だぞ?」
光がムッとした顔で言った。
「尚哉君に保護してもらったんだから、そのくらい大目に見てあげなよ」
杏樹が茶化してきた。
「保護って、俺を迷い犬みたいに......」
「犬でも猫でもいいから、早く座れや」
冴木は光の襟首を掴み、部屋に引き摺り入れた。
「本当に子犬みたい!」
杏樹が光を指差し、ケラケラと笑った。
ついさっきまで、プロの殺し屋に拉致されていたのだ。
怖くないはずがない......動揺していないはずがない。
杏樹は明るく気丈に振る舞い、冴木に気遣わせないようにしていたのだ。
「トイレから出てきたら、拳銃突きつけられて心臓が飛び出しそうに......」
部屋に入った光が、結束バンドで拘束された怜を見て息を呑んだ。
「赤尾の片腕だ」
冴木は駆け足で今日の出来事を説明した。
「マジっすか!? でも、どうしてこの女がナンバー2になれたんすかね?」
事情を聞いた光が、素頓狂な声で率直な疑問を口にした。
「相当、頭が切れるんでしょうね」
尚哉が言った。
「でも、それだけじゃ、あの猛者揃いのメンバーの中でナンバー2には選ばれないでしょう」
すかさず杏樹が否定した。
冴木も同感だった。
いくら怜が頭脳明晰でも、武力がゼロの女が赤尾の片腕とは考えづらい。
赤尾が怜を重宝する理由が、知力や武力以外にあるとしたら......。
「おい、取引をしようじゃねえか」
冴木が語りかけると、怜が眼を開いた。
「お前が知ってるかぎりの赤尾の居場所を吐けば、命は助けてやる」
冴木は交換条件を出した。
怜が交換条件に応じるとは思えないし、また、応じさせるのが目的ではない。
怜が吐いたところで、赤尾は既にそれ以外の場所に移動しているに違いない。
冴木の狙いは、別にあった。
「私は会長の居場所を知らないし、知っていても教えないわ」
怜が、抑揚のない口調で言った。
「赤尾を売れば、お前の命は保証する。売らなければ、お前を殺す」
冴木は二者択一を突きつけた。
「殺せば?」
あっさりと怜が言った。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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