モンスターシューター第44回
光の進言通り、仕切り直しして次の機会を待つという選択肢もあった。
だが、怜が垣間見せた哀しげな瞳と動揺が気になった。
死にたくないという怜だが、彼女から怯えた様子は伝わってこなかった。
「早く......」
光の言葉を着信音が遮った。
「お前も出て行け。いまなら裏口から出れば間に合う」
冴木は光に言った。
赤尾には、コンテナから百メートルほど離れたコンビニエンスストアから電話を入れるように指示を出していた。
「見くびらないでください! 冴木さんが残るなら、俺も残るっすよ!」
光が憤然と即答した。
「奴がここに到着するまで、一分はかかる。気が変わったら、その間に出て行け」
冴木は突き放すように言うと、電話に出た。
最悪の事態になったときには、自らが犠牲になっても光を守るつもりだった。
絶対に逃がせると約束はできなかったが、光を一人では死なせない。
「着いたか?」
冴木は電話に出るなり訊ねた。
『コンビニの前だよ~。どこ行けばいいのぉ?』
赤尾はいつもと変わらない掴みどころのない口調で訊ねてきた。
「コンビニ前の大通りを五十メートルくらい直進すればガソリンスタンドがあるから、そこを右折しろ。また五十メートルくらい直進すればコンテナが建っている敷地が見えてくるから、着いたら連絡しろ」
冴木は一方的に言うと電話を切った。
「逃げるならいまだぞ」
冴木は緊張した面持ちの光に再度促した。
「俺の肚(はら)は決まってますから!」
光が強い意思を宿した瞳で冴木を見つめた。
「わかった。じゃあ、おかしな動きしねえように女から目を離すな」
「馬鹿ですね。みすみす死を選ぶんですか? 二人とも、いまが生き延びるラストチャンスですよ?」
怜は平静を装っていたが、焦りが伝わってきた。
それが、自らの命が奪われることへの恐怖からくる焦燥とは思えなかった。
「十年間姿を見せなかった用心深い男が、俺の呼び出しに応じた。生き延びるチャンスより、奴を仕留めるチャンスを逃したほうが後悔する。なんのつもりか知らねえが、これ以上無駄なアドバイスはいらねえから黙ってろ」
冴木は、駐車場を映すモニターから目を離さずに言った。
「私はあなた達のためを思って......」
「静かにしろ!」
冴木は怜を一喝した。
モニターに人影......赤尾が映し出された。
冴木はほかのモニターに視線を移した。
駐車場には、赤尾以外は見当たらなかった。
スマートフォンが鳴った。
「一人か?」
冴木はモニターに視線を巡らせながら、赤尾に訊ねた。
『カメラで見てるんでしょう? 訊かなくてもわかるじゃ~ん。ハロハロ~。早く開けてよ~ん!』
赤尾がカメラに向かって手を振った。
カメラの死角......駐車場の外に兵隊を待機させているのか?
シャッターを開けた瞬間に、死角から車で突っ込ませる気か?
「本当に、一人っすかね?」
光が三たび、不安げな声で訊ねてきた。
死角からコンテナの玄関まで、エンジンをかけた状態の車なら数秒で到達できる。
冴木は躊躇った。
シャッターを開けずに裏口から撤退するか......開けて赤尾を誘い込むか?
「冴木さん......なんか、嫌な予感がするっす」
光が上ずる声で言った。
赤尾が敵地にのこのこと単身乗り込んでくることはありえない。
自分一人ならまだしも、一か八かの賭けに光を巻き込むわけにはいかない。
怜がそれほどのリスクを背負ってまで助けたい存在でないかぎり......。
冴木の心は撤退に傾いた。
「開けないほうが賢明です。会長が一人でくるわけがありません」
このタイミングでの怜の言葉に、冴木は違和感を覚えた。
怜がここまで執拗に撤退を勧めてくるのは不自然だ。
彼女が自分の命以上に守りたい命......。
もしかしたら......。
冴木はすんでのところで思い直した。
「開けるから、入ってこい」
冴木は赤尾に言うと同時に振り返った。
怜のガラス玉のような無機質な瞳が、充血していた。
確信した。
冴木はリモコンのスイッチを押した。
モーター音とともにシャッターが上がった。
数秒が数十秒にも数分にも感じられた。
入ってきたのは、赤尾一人だった。
まだ、気は抜けない。
冴木は素早くリモコンのスイッチを押した。
シャッターが下がりきるまで、車どころか赤尾以外は誰一人入ってこなかった。
やはり、そうだった。
赤尾にとっての怜は、危険を冒してまで救い出さなければならない存在......怜にとっての赤尾は、自分以上に大切な存在なのだ。
『ね? 一人でしょう?』
受話口から流れてくる赤尾の声が、冴木を現実に引き戻した。
「驚いたぜ」
冴木は言った。
『だ~か~ら~、約束は守るって言ったでしょう?』
赤尾が笑顔でウインクした。
「そのことじゃねえ。驚いたのは、てめえも赤い血が流れる人の親だったってことにだよ」
冴木の言葉に、モニター越しの赤尾の表情から笑みが消えた。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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