モンスターシューター第41回

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「本当に、一人できますかね? こっちを安心させて、兵隊揃えて乗り込んでくるつもりじゃないっすかね?」
 光が心配そうな表情で訊ねてきた。
「ビデオ通話に切り替えて、怜さんに拳銃を突きつけているところを見せたら態度が一変したから本当だと思いますよ」
 尚哉が反対意見を口にした。
「そんなもん、演技に決まってるだろうが? アマチュアが一端の口をきくんじゃない」
 光が憮然とした表情で言った。
「光さんはプロなんですか?」
 尚哉が切り返した。
「あたりまえだろ! お前とは潜ってきた修羅場の数が違うんだよっ」
「修羅場なら、僕もさっき潜りましたよ。冴木さんと杏樹さんを車で救出しましたし、事務所で呻いていた光さんもピックアップしたじゃないですか」
「お前っ、俺を馬鹿に......」
「やめねえか、てめえら! チワワとプードルがマウント取り合ってんじゃねえ!」
 部屋の隅で壁に背を預けて座る怜を見据えたまま、冴木は光と尚哉を一喝した。
「チワワとプードルって......こいつはともかく、俺は柴犬くらいにしてくださいよ~」
 光が不満げに唇を尖らせた。
「すみません」
 尚哉は素直に詫びた。
「私も不安だわ。あの赤尾が、急にあっさり一人でくるなんて......なにか企んでいるような気がしてさ」
 怜の隣に座る杏樹が、言葉通り不安な胸の内を明かした。
「だろう? やっぱり杏樹ちゃんは俺の読みを......」
「チワワは黙ってろって言ってんだろうが!」
 冴木は得意げな顔で口を挟もうとする光を一喝した。
「チワワ......」
 光がしょげた顔で呟いた。
 冴木は、赤尾との電話を切ったあとの怜の変化が気になった。
 ずっと冷静で無表情だった怜が、赤尾が冴木の呼び出しに応じたと伝えてから落ち着きがなくなった。
 光が危惧しているように、大勢の配下を引き連れて乗り込んできた赤尾に制裁されることを恐れているとも考えられる。
 だが、なにかが腑に落ちなかった。
 怜が動揺しているのは間違いないが、その理由の源がわからなかった。
 
『俺にハッタリは通用しねえ! 逆ファイナルアンサーだ! 指定した場所に一人でくると約束したら、女の命を助けてやる! タイムリミットは十秒だ。十、九、八......』
『わかったわかったわかったよ~ん。北斗ちゃんの言う通りにしてあげるからさぁ~。んで、どこに行けばいいわけぇ?』
『場所はこっちから折り返し連絡する。てめえが一人でこなかったら、この女の脳みそに鉛玉をぶち込むことになるから覚えとけや!』

 恫喝しながら赤尾の真意を測った。
 真意――赤尾が本当に一人でくるかどうかではなかった。
 真意――赤尾はなぜ急に呼び出しに応じたのか?
 怜が必要な存在だから?
 居場所を突き止めて自分を仕留めたいから?
 わからなかった。
 ただ、一つだけ言えるのは、どちらにしても赤尾が一人でくることはない。
 冴木はスマートフォンを取り出し、赤尾の番号をリダイヤルした。
『場所決まった~?』
 ワンコールも鳴り終わらないうちに、赤尾の声が流れてきた。
「いまからすぐ練馬に向かえ。住所はショートメールで送る」
 冴木は一方的に言うと電話を切った。
 必要最低限の情報しか与えたくなかった。
「練馬に、なにかあるんすか?」
 光が訊ねてきた。
「赤尾の墓場だ。行くぞ」
 冴木は言うと立ち上がり、玄関に向かった。

           ☆

 車は広大な駐車場に乗り入れ、巨大なコンテナハウスの前に停まった。
「ここで、いいんですか?」
 運転席の尚哉が、怪訝な顔を助手席の冴木に向けた。
 冴木は頷いた。
「カメラの数、多いですね......」
 尚哉が、巨大コンテナのシャッターの上から睨みをきかす十台の防犯カメラを驚いた顔で見た。
「ここって、倉庫?」
 後部座席に光、怜とともに座っていた杏樹が訊ねてきた。
「元はコンテナホテルが建っていたが、俺が買い取った」
 冴木は言いながら、リモコンのスイッチを押した。
 モーター音とともに、シャッターが上がった。
「買い取ったって、なんのために!?」
 杏樹が身を乗り出した。
「そのうちわかる。入れ」
 冴木が命じると、尚哉が車を巨大コンテナの中に乗り入れた。
 目の前に三十坪のスクエアな空間が現れた。
「またシャッターっすね! カメラの数もエグっ!」
 光が叫んだ。
 冴木は無言で、ふたたびリモコンのスイッチを押した。
 ふたたび上がるシャッターの向こう側には、さらに広い七十坪の空間が広がっていた。
「こんなに広いんだ!」
 杏樹も大声を上げた。
「ここもカメラに囲まれてますね」
 尚哉が首を巡らせた。
「あの裏に駐車スペースがあるから」
 冴木はフロントウインドウ越しに、フロアの最奥に積み立てられたコンテナの壁を指差した。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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