モンスターシューター第36回
怪しげな人物は見当たらなかったが、気は抜かなかった。
赤尾が言葉通りに、このまま冴木達を逃すとは思えない。
関係者通路を走り、冴木は通用口に向かった。
赤尾が貸し切りにしたのだろう、建物内に人はいなかった。
「へたなまねをするんじゃねえぞ」
冴木は怜に釘を刺し、肩から下ろした。
怜を担いだまま外には出られない。
この体だ。
逃走や逆襲を警戒しているわけではない。
だが、赤尾の足枷にならないように、自害する可能性は考えられた。
「光君、大丈夫かな?」
杏樹が、心配そうに訊ねてきた。
「派手にボコられたが、命には影響ねえ。あいつのことより、まずは俺らが......」
冴木は言葉を切った。
複数の足音が聞こえた。
予想を裏切る早めの襲撃――軽く二十人は超える黒スーツの男達が追ってきた。
やはり赤尾は、ただでは転ばない。
怜を切るつもりか?
いや、違う。
マンパワーで怜を奪還する気だ。
この人数に囲まれたら、怜を人質に取っても杏樹を守れなくなる。
「じっとしてろ!」
冴木は言いながら、右肩に怜を、左肩に杏樹を担いだ。
「ちょっ......自分で走れるから!」
「俺ほど速く走れねえだろうが! 足手纏いなんだよ!」
「馬鹿じゃない! そんなボロボロの体で二人も担いだら、私より遅くなるでしょ!」
「馬鹿だから、痛みも疲れも感じねえんだよ! 行くぞ!」
冴木は通用口に向かってダッシュした。
痩せ我慢ではない。
アドレナリンが放出されているせいか、満身創痍のはずの体に痛みは感じなかった。
追手との距離は約三十メートルで、通用口までは約十メートル。
二人の女を両肩に担いで外に出れば、どこから見ても犯罪者だ。
だが、外に出れば追手も無茶はできない。
背に腹は代えられなかった。
通用口まで五メートル、四メートル、三メートル......追手との距離が二十メートルを切った。
二メートル、一メートル......追手の先頭との距離が十メートルを切った。
通用口のドアのレバータイプのノブを右足で下げ、そのまま蹴りつけて開けた。
「こっちです!」
路肩に停められた白いボロボロのスカイラインのドライバーズシートの窓から、尚哉が手招きしていた。
なぜ尚哉がここに......。
疑問を保留にしたまま、冴木はバックシートに乗り込んだ。
尚哉はバックシートのドアが半開きのまま、車を急発進させた。
冴木と杏樹で挟み込むように、怜を真ん中に座らせた。
「お前が、どうしてここにいるんだよ!?」
冴木は疑問を口にしながら、振り返った。
三台挟んで追いかけてきている、二台の黒のヴェルファイアが癇に障った。
「雇ってほしくて事務所に行ったら、冴木さんが物凄い形相で飛び出してきて。それで後を尾(つ)けたんです。そしたら車で連れ去られちゃったから、慌ててタクシー拾って追いかけました。この車は、こんなときのために、待ってる間に友人に持ってきてもらいました」
尚哉は経緯を語りつつ、アクセルを踏み込み強引に車線変更した。
背後から浴びせられるクラクションの嵐。
「お前っ、おとなしい顔して荒い運転......」
「みなさん、掴まっててください」
尚哉は冴木を遮り、ドリフトしながら反対車線に割り込みUターンした。
杏樹の悲鳴――冴木の体が左のドアにぶつかった。
「てめえっ、Uターンするなら言えや!」
「追手を撒けたでしょ?」
尚哉が涼しい顔で言った。
「どやってんじゃねえ!」
言葉とは裏腹に、冴木は内心驚いていた。
気弱な女たらしだと思っていた尚哉だが、ハンドルを握ると別人のように頼もしかった。
「奴らがあとを追えないように、裏道を使います」
尚哉は大通りから裏路地に入り、右折左折を繰り返した。
「あんた、運転うまいね」
杏樹が言った。
「僕、昔、レーサーに憧れていたんです」
「レーサーにならねえで、なんで女をこます仕事をやってんだ?」
冴木は茶化すように口を挟んだ。
「女をこますって......人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。真面目な話、僕程度のドライビングテクニックじゃ通用する世界じゃないって気づいたんですよ。こう見えて僕は、現実主義者ですからね」
尚哉が苦笑した。
「なーにが、現実主義者だっ。ところで、どこに行くんだよ?」
「僕の家です」
「お前の家!?」
冴木は素頓狂な声を上げた。
「はい。事務所に関係する人達の家はバレている可能性があるので。僕はまだ『MST』のスタッフじゃないので、情報は掴まれていません」
「まだって、お前、ウチに入るつもりか?」
「はい。女をこます仕事より、冴木さんみたいに困ってる人を助ける仕事をしたくなりました」
「案外、根に持つ野郎だな。悪いが、足手纏いはいらねえんだよ」
冴木は吐き捨てた。
「僕が足手纏いじゃなくて役に立つと証明できたら、雇ってくれますか?」
尚哉がルームミラー越しに冴木をみつめた。
「チャンスをあげてみたら? この子、意外と役に立ちそうだし」
杏樹が冴木に生意気な進言をしてきた。
「わかった。お前がどれだけ役に立つか、お手並み拝見と行こうじゃねえか」
「呑気なことを言っていられるのも、いまのうちです」
それまで無言を貫いていた怜が口を開いた。
「なんだ。声を失っちまったかと思ったぜ。で、そりゃどういう意味だ?」
冴木は小馬鹿にしたように訊ねた。
「会長は、必ずあなたを殺します」
怜が冷え冷えとした声で言った。
「上等だ! いまの言葉、葉月を二度殺したクソジジイにそっくり返してやるぜ!」
冴木は激憤に燃え立つ瞳で怜を睨みつけた。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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