モンスターシューター第28回

「なにやってんのよ! やられっ放しじゃない! なんのために、馬鹿みたいに筋肉つけてトレーニングしてたのよ! あんたは見せかけだけのボディビルダーなの! 私を助けるってかっこつけたんだから、しっかりしなさいよ!」
 杏樹の叫びが、遠のく意識を引き戻した。
「ガミガミうるせえ女だな......黙って見てろや!」
 冴木はキック男の頭を両手で鷲掴みにして、顔面に頭突きを浴びせた。
 鼻血を吹き出しよろめくキック男の股間を蹴り上げた。
 苦悶の表情で前屈みになるキック男の後頭部に肘を落とすと、俯せに倒れた。
 冴木はキック男の右腕を捻り上げて伸ばすと、肘の関節を思い切り踏みつけた。
 キック男の絶叫がホール内に響き渡った。
 靴底越しに伝わる骨が砕ける感触――続けて左腕の肘関節を踏み砕いた。
 キック男の二度目の絶叫が途切れた。
 マットに広がる黄ばんだ液体、鼻孔を不快に刺激するアンモニア臭。
 どうやら、失神したようだ。
 冴木は、キック男をリング下に蹴り落とした。
 顔が熱を持ち、右の視界が狭まっていた。
 瞼が腫れ上がっているのだろう。
「さあ、ちびっこい副将さんよ! 上がってこいや!」
 冴木が呼び込むと、軽やかな身のこなしで小柄な男がトップロープを飛び越えリングインした。
 細身の筋肉質で、身長は百六十センチそこそこ。
 この男のバックボーンだけは不明だった。
 約二メートルの距離で対峙した。
 脇を締めた前傾姿勢、両頬の横に掌を広げた両手......小柄男の構えは独特で、ボクシングでも空手でも柔道でもなかった。
 張り詰めた緊張感......迂闊に踏み込めなかった。
 対峙しただけで、いままでの四人より手強いだろうことが伝わってきた。
 小柄男の習得している格闘技はいったい......。
 小柄男が能の動きのように摺り足で接近してきた。
 三日月蹴り――冴木は小柄男のみぞおちに右の前蹴りを放った。
 どんなに屈強な大男でも、まともに入れば戦闘不能になる一撃必殺の技だ。
 小柄男が冴木の右足を左腋でロックし、左足で急所を蹴り上げてきた。
 冴木は激痛に前屈みになった。
 小柄男の膝が冴木の胸骨を突き刺した。
 呼吸ができなくなり、視界が蒼褪めた。
 棒立ちになる冴木の手首を掴んだ小柄男に、勢いよく引っ張られた。
 同時に、小柄男は踏み込みながら反対側の手でノーモーションの手刀を喉に打ち込んできた。
 息が詰まった。体験したことのない激痛に襲われながら冴木は、小柄男のバックボーンを知った。
 戦場で敵兵を仕留めるための近接格闘術だ。
 視界が流れ、ライトが目の前に広がった。
 ライトを遮り小柄男が現れたと思った直後、肘が飛んできた。
 こめかみに衝撃――脳みそが揺れた。
 二発、三発......マウントを取った小柄男が、立て続けに肘を落としてきた。
 頭蓋骨が軋んだ。このままでは、殺されてしまう。
 そう、小柄男のバックボーンは殺人術だ。
「もうやめて! 私はどうなってもいいから!」

『お兄ちゃん! こんなの脅しよ! 私は大丈夫だから......お願いだから、絶対に脅しに屈しないで!』

 杏樹の叫びに、記憶の中の葉月の叫びが重なった。
 こんなところで......。
「死ぬわけには......」
 冴木は小柄男の右肘を左肘でブロックした。
「いかねえんだよ!」
 アイポーク――右手を伸ばした。
 立てた人差し指と中指を、小柄男の両目に突き刺した。
 両目を押さえる小柄男の股間を鷲掴みにした。
 八十キロオーバーの握力で、睾丸を握り潰した。
 小柄男が悲鳴を上げ、冴木の上から転げ落ちて悶絶した。
「体だけじゃなく、あっちも小せえな」
 冴木は悪態をつきながら、身悶える小柄男の左耳を左手で押さえ、右耳に右の平手を浴びせた。
 鼓膜を破られた小柄男が絶叫した。
「お前には軍隊ごっこで痛めつけられたから、たっぷりお返ししねえとな」
 冴木はリングで目を押さえて身悶える小柄男の脇腹を踏みつけ、踵に体重を乗せた。
「ルールなしの喧嘩ができるのは、てめえだけじゃねえんだよ」
 立て続けに肋骨の折れる感触が、靴底越しに伝わってきた。
 小柄男の絶叫が音量を増した。
 冴木は小柄男に馬乗りになり、目を覆う両手越しに頭突きを浴びせた。
 二発、三発、四発、五発......血が飛散し、折れた複数の手根骨が手の甲の皮膚を突き破り冴木の額に刺さった。
 構わず、頭突きを浴びせ続けた。
 六発、七発、八発、九発......鼻骨が粉砕し、鼻がひしゃげて曲がった。
 十発、十一発、十二発、十三発、十四発......顔面が、すり鉢状に凹んだ。
 小柄男の血塗れの顔は、判別がつかないほどに崩壊していた。
 冴木は立ち上がりながら、額に刺さった小柄男の歯と手根骨の破片を抜いた。
 冴木の顔も、赤く濡れていた。
「全員倒したぜ。大将、次はてめえの番だ」
 冴木は二階席の傭兵男を指差した。
『お見事でした。この五人を倒すとは、驚きました』
 モニターの中の怜が、言葉とは裏腹に無表情に言った。
「あの傭兵野郎を倒せば、約束通り杏樹を返せよ」
 冴木は怜に念を押した。
『ウォーミングアップは終わりです。ここからがメインイベントです。今度は武器使用オーケーのステージです。生き抜くことができたら、彼女を連れて帰れますよ』
 怜が言うと、どこかから現れた十人ほどの黒スーツ姿の男達がリングを取り囲んだ。
「てめえ、汚ねえぞ! 約束を破るつもりか!?」
 冴木は血相を変えて怜に食ってかかった。
 五人との戦いで、冴木もかなりのダメージを負っていた。
 傭兵男との差しの対決でも、相当な苦戦を強いられるだろう。
 さらに十人を全員倒すのは不可能だ。
『約束を守ると言ったのは先生で、私は言ってません』
 怜が悪びれたふうもなく言った。
「てめえらみたいなウジ虫を信用した俺が馬鹿だったぜ」
 冴木は吐き捨て、小柄男のベルトを引き抜いた。
「仕方ねえ。何人かは殺しちまうかもしれねえな」
 冴木はベルトを手にして、押し殺した声で言った。
 ハッタリではなかった。
 それくらいの肚を決めなければ、杏樹を救出することはできない。
「害虫駆除ってやつだ。悪く思うんじゃねえぞ!」
 冴木はダッシュし、トップロープを飛び越えた。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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