モンスターシューター第43回

 タイミングを見計らったように、スマートフォンが震えた。
『到着だよ~ん。どこに行けばいいの~?』
 受話口から、いつもと変わらぬ人を小馬鹿にしたような口調の赤尾の声が流れてきた。
「一人だろうな?」
 冴木は訊ねた。
『もちのろんさ~。僕は約束を守る人間だからね~』
 信じてはいなかった。
 これまですべてにおいて他人に手を汚させてきた赤尾が、危険を顧みずに一人で乗り込んでくることはありえない。
「広範囲に防犯カメラを設置している。てめえ以外に一匹でも猟犬の姿が見えたら、女を殺すからよ」
 冴木は一応、釘を刺した。
 配下を連れてくることは想定内なので、構わなかった。
 連れてきた配下を皆殺しにするだけの話だ。
「場所はメールするから」
 冴木は電話を切った。
「俺のやりかたに不満があるなら、帰っていいぞ。俺一人でも大丈夫だからよ」
 冴木は杏樹、光、尚哉の顔を見回した。
「俺は残るっすよ」
 真っ先に光が答えた。
「僕も残ります」
 尚哉が続いた。
「お前は? 遠慮しねえで帰ってもいいんだぞ? 誰からも責められねえよ」
 冴木は杏樹に視線を移した。
「私も残るわ」
「赤尾と配下を皆殺しにする気持ちは変わらねえ。それでもいいのか?」
 冴木は杏樹を試すように言った。
「だからこそ、残るのよ。社長を怪物にしないためにね」 
 杏樹が強い決意を宿した眼で冴木を直視した。
「さっきも言ったが、俺の行く手を遮るなら、お前でも容赦はしねえ」
「いっそのこと、先に私を殺せば? そしたら、本物の怪物になれるわよ」
「なっ......」
 冴木は絶句した。
 杏樹の瞳......ハッタリではなかった。
 杏樹は、冴木を止めるためなら迷わず命を擲(なげう)つことだろう。  
「な、仲間割れはやめましょうよ。敵のボスがこっちに向かってるわけですから。杏樹ちゃんも、そのへんにしておけよ」
 光が二人を取りなした。
「たしかに、光の言う通りだ。おい、お前、杏樹をお前の家に連れて行け」
 冴木は尚哉に命じた。
「えっ......」
 尚哉が驚きの顔を冴木に向けた。
 杏樹も弾かれたように冴木を見た。
「足手纏いは、いらねえ」
「足手纏いは言い過ぎ......」
「さっさと連れて行け!」
 冴木は光の言葉を怒声で遮った。
「わかったわよ。殺人鬼なんて、こっちからお断りよ」
 杏樹がソファから立ち上がり、捨て台詞を残してコンテナを出た。
「あ、待ってください」
 尚哉が慌てて、杏樹のあとを追った。
「危険な目にあっても冴木さんのために頑張ってくれた彼女に、あの言いかたはあんまりっすよ」
 光が咎める口調で言った。
「だとしても、俺の行く手を邪魔する奴は必要ねえ」
 冴木は吐き捨てた。
 邪魔――本音だった。
 赤尾を仕留めるのに、全神経を集中したかった。
 これ以上、杏樹を危険に晒したくはなかった......これ以上、大切な命を失いたくはなかった。
「この男の本性がわかったでしょう? あなたも、出て行ったほうがいいですよ。こんな冷徹な男に命を懸ける価値はありませんから」
 事の成り行きを無言で見ていた怜が、冷笑混じりに口を挟んできた。 
「減らず口が叩けるのも、いまのうちだ。もうすぐ、てめえのボスの無残な死に様を見せてやるからよ」
 冴木は怜を見据え、冷笑を返した。
「悪いことは言いません。いまのうちに逃げたほうがいいです。ガスかなにか知りませんけど、会長はそんなに甘くありません。あらゆる状況を想定して備えます。銃を所持した百人に囲まれたら、逃げ切れると思いますか? 十数台の装甲車が突撃してきたら、ガスでどうにかできると思いますか? わかっていると思いますが、会長は私の命など歯牙にもかけないでしょう」
 怜が抑揚のない口調で警告してきた。
「銃を持った百人が装甲車で突っ込んできたら......ヤバくないっすか?」
 光が強張った顔を冴木に向けた。
「お前の言ってることが本当なら、どうして俺にそれを教える? 赤尾への裏切りになるじゃねえか?」
 ジャブ――冴木は探りを入れた。
 まだ、掴み切れていなかった。
 赤尾にとって怜が、価値のある存在なのか使い捨ての駒なのかが......。
 後者であれば、怜の言うくらいのことはやっても不思議ではない男だ。
「私も、できれば死にたくありませんから。あなた達が逃げてくれれば、少なくとも私が殺されることはありません」
 怜の無表情からは、本音かどうか読み取ることができなかった。
「彼女の言う通りっすよ。俺らが赤尾を罠にかけたつもりが、逆に罠にかけられちゃうっすよっ。とりあえず、ここから離れましょう!」
 光が逼迫した顔で訴えた。
 冴木にしても、犬死にする気はなかった。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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