モンスターシューター第48回

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 葉月の眠っている墓地を訪れるのに、出所してから一年の歳月が必要だった。
 罪なき女性の命を奪ってしまった自分に、葉月の墓の前に立つ資格はない。
 あの瞬間、冴木も北斗も死んだ。
 いま、葉月を訪れようとしているのは罪深き抜け殻だ。
 冴木は足を止めた。
 四、五メートル先......葉月の墓の前で、手を合わせる人物。
 冴木は足を踏み出した。
「どうして、あんたがここにいる?」
 冴木は、墓前で手を合わせる男......赤尾に訊ねた。
「今日は、妹さんの命日だったね」
 赤尾が、手を合わせたまま言った。
「だから、どうしてあんたが妹の墓参りをするんだ?」
 冴木は、押し殺した声で質問を重ねた。
「娘を失って、君の気持ちがわかったよ。因みにこれは皮肉ではなくて、素直な気持ちだ。まあ、いまさらだがね」
 赤尾が自嘲的に笑いながら立ち上がった。
 冴木の塞がり切っていない心の傷口を、赤尾の言葉が抉った。
「用が終わったら帰ってくれ」
 冴木は素っ気なく言うと、濡れタオルで墓石の苔や汚れを拭った。
「どうして、私を殺さなかった?」
 赤尾の問いかけに、冴木の記憶の扉が暗鬱な音を立てて開いた。 

『さあ、撃ちなさい。終わらせてくれ、この悪夢を......』
 両手を広げて眼を閉じる赤尾の額に、冴木は照準を合わせた。
 五秒、十秒、十五秒......引き金にかけた指が動かなかった。
『妹さんの仇を討たなくていいのか!』
 赤尾が叫んだ。
 冴木は引き金を絞った。
 頭上に伸ばした右腕――撃発音の直後、銃弾が天井を貫いた。
『どういうことだ?』
 赤尾が眼を開け、怪訝な表情で訊ねてきた。
『てめえは死んだ。二度と、俺の前に現れるんじゃねえ』

「私を生かしたのは、怜にたいしての贖罪(しょくざい)意識かな?」
 赤尾の声が、記憶の中の冴木の声に重なった。
冴木は柄杓で掬った桶の水で墓石を清めると、線香を上げ、白百合を供えた。
 眼を閉じ、手を合わせた。
 
 ずっとこなくて、ごめん。
 お前に合わせる顔がなくてな。
 ごめん、本当にごめん。
 こんなお兄ちゃんで......。
 お兄ちゃんが死んでも、もう、葉月のいるところには行けなくなってしまったよ......。
 本当にごめん......。

 冴木は、心で懺悔(ざんげ)した。
 葉月に......そして怜に。

「私と君は、傷と罪を一つずつ背負ってしまったね」
 赤尾の声に、冴木は眼を開けた。
「二度と俺の前に姿を現すなと言ったはずだ」
 冴木は、葉月に手を合わせたまま言った。
 以前は、赤尾の顔を見ると葉月を殺された憎悪の炎が燃え立った。
 いまは、怜を殺してしまった罪悪感の炎と混ざり合うようになった。 
「私は、葉月さんを殺した罪、怜を殺された傷。君は、怜を殺した罪、葉月さんを殺された傷」
 赤尾の言葉が、冴木の心を搔き乱した。
「やめろ......てめえと一緒に......」
 するな......とは言えなかった。
 もう、冴木には赤尾を憎み、軽蔑する資格はなかった。
 赤尾が、屈んでいる冴木に右手を差し出してきた。
「なんのまねだ?」
 冴木は訝しげな顔で見上げた。
「私の跡を......『極東芸音協会』を継いでくれないか?」
 赤尾が言った。   
「俺とてめえが手を組めるわけ......」
「怜も葉月さんも、これ以上、私達が争うことを望んではいないはずだ」
 赤尾が願いの込もった瞳で、冴木を見つめてきた。
「葉月を利用するんじゃねえ......」
 冴木は力なく言いながら立ち上がると、墓地の出口に向かった。
「怜が救ってくれた命だから、恥じないような生きかたをしていこうと決めた。私は葉月さんに、君は怜に、罪を贖うためにも手を組まないか?」
 冴木は足を止めた。
 眼を閉じた。
 意識を集中した......心の声に、耳を傾けた。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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