モンスターシューター第40回

 ハッタリではない――彼女の瞳からは、赤尾にたいする絶対的な信頼が伝わってきた。
「もしかして、教祖と信者の関係みたいな感じ?」
 杏樹が耳元で囁いた。
「いや、それはねえ」
 冴木も囁き返した。
 洗脳されている者の瞳にしては、自我が窺えた。
 以前、新興宗教団体に出家した信者を救出してほしいという依頼を受けたことがあった。
 洗脳されている者は自我を消され、教祖に帰依するように都合のいい教義を刷り込まれているので瞳が空虚だった。
 見つめ合っても、どこか遠くを見ているような......そんな感じの心ここにあらずの瞳だ。
 怜の瞳は冷え冷えとしているが、空虚ではない。
 自我というものをしっかり持っている者の瞳だ。
「俺が、お前を殺せねえと思ってるのか? 赤尾には妹を焼き殺された。赤尾の片腕のお前を殺すくらい、屁でもねえ」
 冴木は吐き捨てた。
「でしょうね。疑ってないわ。殺したければ、殺しなさい。どれだけ拷問しても、私からなにも聞き出せないから」
 怜の眼は、自信に満ち溢れていた。
 痩せ我慢でないのなら、この落ち着きはどこからくる?
 なぜ、そこまでして赤尾に忠誠を尽くす?
 怜の手足がないことと、なにか関係があるのか?
「ところで、その手足はどうした?」
「ちょっと、冴木さん、それはデリカシーが......」 
「うるせえっ、口を挟むな! 病気か? 事故か?」
 冴木は光を一喝し、怜に質問を重ねた。
「あなたには関係のないことよ」
 怜が眼を逸らした。
 口調は相変わらず平板だが、彼女の挙動から微かな動揺が伝わってきた。
「わかった。赤尾を売る気がねえなら、お前は用済みだ」
 冴木は銃口を怜の額に突きつけた。
 言葉で強気なことを言っても、死を意識した瞬間に人間は本性が出るものだ。
「ちょっと、やめなさいよ! それじゃあ、あのモンスターと同じじゃない!」
 杏樹が叫んだ。
「いいのよ。私が望んでいることだから」
 怜が杏樹とは対照的に物静かな声で言った。
「だったら、望み通りに......」
 冬の湖水のように澄んだ怜の瞳に、冴木は息を呑んだ。
 銃口を額に突きつけられている状況で、どうしたらこんな悟ったような瞳になるのか?
 この女はいったい......。
 ヒップポケットが震えた。
 冴木は空いているほうの手でスマートフォンを引き抜き、耳に当てた。
 ディスプレイを確認しなくても、見当はついていた。
『ハロハロぉ~! 僕ちゃんだよ~ん!』
 予想通り、電話の主は赤尾だった。
「待ってたぜ。いまちょうど、てめえの優秀な片腕のおでこに銃口を押しつけてるところだ」
 冴木はジャブを放った。
 怜の赤尾にたいする気持ちはわかった。
 問題は赤尾だ。
 赤尾にとって怜がアキレス腱でなければ、人質に取っている意味がない。
『北斗ちゃんも馬鹿だね~。せっかく僕の跡目を継がせてあげようとしたのにさ~。いまからでも遅くないから、怜ちゃんと二人で「極東芸音協会」を継いじゃう気はない? これが、ファイナルアンサーだよ~ん』
 赤尾が、いつもの人を小馬鹿にしたような口調で誘いをかけてきた。
「そんな汚ねえ跡目の椅子なんぞいらねーよ! ふざけたこと言ってねえで、かわいい片腕の命を救いてえなら俺の指定する場所にこい!」
『どうしてそんなに死に急ぐかな~? 僕と仲直りして、芸能界の首領になったほうが北斗ちゃんも君の大切な人達も幸せな人生を送れるのにさ~』
「勘違いするんじゃねえ! 死ぬのはてめえだ! いいか? 一人でこい。もし、てめえ以外の気配を感じた瞬間に、女を殺すからな!」
『そんなに殺したければ、殺せばぁ?』
 赤尾が興味なさそうに言った。
「強がるんじゃねえ! てめえにとってこの女が重要だからこそ、電話をかけてきてるんだろうが!」
『勘違いしてるのは、北斗ちゃんのほうだよ~ん。僕が電話したのは、怜ちゃんを助けるためじゃなくて君に警告するためさ~。僕はね、従わない者、歯向かう者は徹底的に潰す主義なの。だから~、君が僕に従わないなら、北斗ちゃんはもちろん、ショートカットのおねえちゃんも、ドライビングテクニック抜群の男の子も、ホスト崩れのイケメンくんも、ぜーんぶ殺さなきゃならないんだ』
 赤尾がさりげなく、尚哉と光の存在を把握していることをちらつかせてきた。
 冴木のスマートフォンを握り締める手に力が入った。
『さっきも言ったけど、僕は引退したいからさ~、北斗ちゃんと怜ちゃんに跡を継がせたいわけ。知力と武力......君達が協力すればさ~、僕も安心して身を引けるってわけさ。でも、君が断るなら怜ちゃんもお払い箱かな~。怜ちゃん一人じゃ使い物にならないからさ~。北斗ちゃんとセットでこそ、怜ちゃんの存在価値が上がるってこと。つ~ま~り~、怜ちゃんに人質の価値は一ミリもないってこと。さあ、今度の今度こそ、本当のファイナルアンサーだよ~ん! 僕に従う? それとも皆殺しにされちゃう?』
 赤尾がふたたび、二者択一を突きつけてきた。
 ハッタリか? 本気か?
 赤尾にとって、怜はあくまでも後継者候補の一人でしかないのか?
 冴木が「極東芸音協会」を継がなければ、本当に怜の存在価値はなくなってしまうのか?
 利用価値がなくなれば消耗品のように使い捨てるのは、赤尾らしいとも言える。
だが、なにかが腑に落ちなかった。
 それは、怜の瞳......彼女の瞳は、愛情を知っている。
 冴木はビデオ通話に切り替え、銃口を額に突きつけられた怜を映した。
「俺にハッタリは通用しねえ! 逆ファイナルアンサーだ! 指定した場所に一人でくると約束したら、女の命を助けてやる! タイムリミットは十秒だ。十、九、八......」
 冴木は一か八かのカウントダウンを始めた。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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