モンスターシューター第33回

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「私はそんなお兄ちゃんを見てると悪戯をしたい気分になって、パンケーキおいしい? って、意地悪に声をかけたりしました。生クリームを白髭みたいに鼻の下につけて固まるお兄ちゃんの顔......かわいかったな」
 クスクスと笑う怜に、冴木は表情を失った。
 
『シッ! なに言ってるんだよ、みんなに聞こえるだろ』
『慌てるお兄ちゃん、子供みたいでかわいい』
『馬鹿......お兄ちゃんをからかうな』
『わかったわ、サンタさん』
『ん? なんでサンタさんなんだよ?』
『ほら』
 葉月がハンドミラーを北斗の顔に突きつけた。
 生クリームの髭をつけた顔をまじまじとみつめる北斗を見て、葉月は無邪気に笑った。

「お前は......」
 本当に葉月なのか? という言葉はなんとか喉元に止めた。
 そんなはずがない。
 目の前で焼け死んだはずの葉月が、生きているはずがない。
 だが、どう説明する?
 原っぱの昆虫観賞やパンケーキ店の兄妹の思い出を、赤尾が知るわけがなかった。
 ありえない......ありえない......ありえない......。
 冴木は己に言い聞かせるように繰り返した。
 ありえないなら、この状況をどう説明する?
 自問自答に、冴木は答えることができなかった。
「てめえ......どういうつもりだ?」
 冴木は顔を上げ、プロジェクタースクリーンの中の赤尾を睨みつけた。
『ようやく、信じてくれたみたいだね~ん』
 赤尾がしてやったりの表情で言った。
「万が一......この女が葉月だとして、お前の目的はなんだ?」
 冴木は掠れた声で訊ねた。
「なに言ってるの!? この女が、妹さんなわけないでしょ!」
 杏樹の叫び声が耳を素通りした。 
『僕の目的はね~、北斗ちゃんと和解することだよ~ん』
 赤尾が無邪気に破顔した。
「和解だと!? ふざけるんじゃねえ!」 
 冴木はプロジェクタースクリーンに怒声を浴びせた。
『おふざけなんてしてないよ~。和解は本気さ。北斗ちゃん、僕はね、君の妹ちゃんに「極東芸音協会」を譲ろうと思ってるんだよ』
「なっ......なんだと!? ふざけたことばかり言ってんじゃねえぞ!」
 赤尾の言葉に、冴木は耳を疑った。
『だ~か~ら~、おふざけじゃないって。僕も年だからさ~、そろそろ引退の潮時かな~と思ってさ。で、命を救ってあげてからずっと僕のために働いてくれた妹ちゃんしか後継者はいないと思ったわけ。僕の気持ち、わかってくれる?』
 赤尾が甘えた顔で言った。
「わかるわけねえだろ! そもそもてめえが葉月に火をつけたくせに、命を救ってあげただと!?」
『だからあれは~、わざとじゃなくて部下のミスだって言ってるじゃな~い』
「そんな言い訳が通用するとでも......」
『妹ちゃんをサポートしてやってくんない?』
「えっ......」
 予期せぬ赤尾の申し出に、冴木は言葉の続きを呑み込んだ。
『怜ちゃん......妹ちゃんは優秀だけどさ~、やっぱり、生き馬の目を抜く芸能界だからさ~、北斗ちゃんに手伝ってほしいんだよね~。北斗ちゃんは芸能界に詳しいし、この十年で闇社会を相手に戦える力もつけたしさ~』
「てめえは......誰になにを言ってるのかわかってんのか!?」
 冴木は、狐につままれたような気分で訊ねた。
『もちのろんさ~。つまり、君達兄妹に、「極東芸音協会」を譲って僕は引退すると言ってるのさ』
 俄かには信じられなかった。
 だが、怜を葉月と偽ってこんな大掛かりな嘘を吐く理由が赤尾にはない。
 冴木を仕留めたいなら、次々と刺客を送り込めば済む話だ。
『もともと僕達が揉めたのはさ~、「極東芸音協会」の傘下の事務所に北斗ちゃんを移籍させようとしたことが発端じゃない? その過程でアクシデントが起こり、妹ちゃんが火だるまになった。でも妹ちゃんが生きてて、僕は芸能界から引退する。それだけじゃない。僕が築き上げた命と言ってもいい「極東芸音協会」を君達兄妹に譲る。なのに、僕達がこれ以上揉める理由はある?』
 赤尾がプロジェクタースクリーンの中で両手を広げ、肩を竦めた。
「てめえ......本気で言ってるのか!?」
 冴木は掠れた声で訊ねた。
『だ~か~ら~、もちのろんと言ってるでしょう』
 赤尾が即答した。
 赤尾の言葉が本当なら、葉月は生きていて、杏樹は助かり、憎き仇は芸能界から引退する。
 そして、後継者に自分と葉月を指名した。
 赤尾は白旗を上げ、冴木の完全勝利とも言えた。
 だが......。
「だったら、どうして杏樹をさらって俺を殺そうとした!?」
 どうしても解せない疑問を、冴木は赤尾にぶつけた。
『最終試験だよ~。北斗ちゃんが後継者に相応しいかどうかを見極めるためにベリーショートの女の子をさらったのさ』
「最終試験!? どういう意味だ?」
『芸能界って伏魔殿はさ~、弱者は真っ先に餌食になるのさ~。僕が長きに亘って伏魔殿を牛耳ってこられたのはさ~、悪魔以上のモンスターだったからだよ~ん。敵もそうだけどさ~、僕の兵隊たちも後継者の実力を見極めるんだよ~。北斗ちゃんが弱者だったら、兵隊も従わないし敵からすぐにやられちゃう。だから、北斗ちゃんをテストしたってわけ。結果は、合格だよ~ん! 北斗ちゃんは腕力も度胸も残酷さも、伏魔殿の悪魔達を抑え込めるだけのものがあったよ。おめでとうちゃん!』
 赤尾が手を叩きながら嬉しそうに言った。
「勝手なことばかり言ってんじゃねえ! 誰がてめえの後継者なんかになるか!」
『後継者にならないで、これからも争いを続けるつもり? 君が大事にしてるベリーショートちゃんを、これからも危険にさらし続けるつもり? 争うんだったら、敵の弱点を狙うのが鉄則だからね~ん』
 赤尾が歌うように言った。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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