モンスターシューター第46回

「だから......どうした?」
 冴木は、掠れた声を絞り出すのが精一杯だった。
 怜に、というより自分に向けた言葉だった。
 
 なにを動揺している?
 父親を守りたいための嘘に決まっている。
 いや、嘘でなかったらなんだというのだ?
 たしかに怜は憐れだが、炎に焼かれて命を奪われた葉月はもっと憐れだ。
「父があなたの妹さんにしたことは、決して許されることではありません。でも、父をそんな人間にしてしまったのは私です。私を罰してください。お願いしますっ」
 怜が冴木に懇願した。
「馬鹿なことを言うのは、やめなさい! すべて、私がやったことだ。お前は下がってなさいっ」
 赤尾が跪いたまま、怜に命じた。
「娘のことになると、まともな人間を演じようってのか......てめえは、とことん卑劣な野郎だな」
 冴木は赤尾に銃口を向けたまま、怒りに震える声で言った。
 怒り――娘を守ろうとする都合のいい赤尾に。
 怒り――互いを庇い合う父と娘の姿に動揺する自分に。
「ああ、その通りだ。だから、早く私を撃ちなさい」
 赤尾の瞳に、怯えはなかった。
 赤尾の瞳は、罪を贖(あがな)おうとでも言うように穏やかだった。
「安心しろ。言われなくても、いまから脳みそを吹き飛ばしてやるよ!」
「やめて!」
 コンテナの陰から、杏樹が姿を現した。
「お前、どうして......」
 冴木は息を呑んだ。
「すみません......杏樹さんがここで待ってると言うので......」
 杏樹の背後にいた尚哉が、消え入りそうな声で言った。
「お前、出て行けと言っただろうが! 早く出て行けや!」
 冴木は杏樹を一喝した。
「あんたと一緒なら出て行くわ!」
 杏樹が叫び返した。
「ふざけんな! 尚哉っ、引き摺り出せ!」
 杏樹には、凄惨な場面を見せたくはなかった......これ以上、彼女の心の傷を増やしたくはなかった。
「やめて! 赤尾を殺してしまったら、あんたもモンスターになってしまうのよ!」
 杏樹は外に促そうとする尚哉を突き飛ばし、冴木に訴えた。
「もう、遅い」
 冴木は赤尾を充血した眼で見下ろし、押し殺した声で言った。
「遅くない! いまなら、まだ、間に合うから!」
 駆け寄ってこようとする杏樹を、尚哉が背後から必死に止めた。
「遅いんだよ。俺は葉月が殺されたときに、人間であることをやめた」
 冴木は己に言い聞かせ、引き金に指をかけた。
「私のために! 私のために......お願い!」
 杏樹の涙声に、冴木の指が躊躇った。

 なにを迷っている!?
 目の前の男が過去になにをやった!?
 この十一年間、誓い続けていた葉月の仇討ちをようやく実現するときがきたんだぞ!?
 お前が躊躇ったら、非業の死を遂げた葉月はどうなる!?

「さあ、撃ちなさい」
 赤尾が冴木を見上げ、物静かな口調で言った。
 本当に、人を小馬鹿にしていたあの卑劣な男と同一人物なのか?
 赤尾が父親の顔を見せれば見せるほど、冴木の指は動かなかった。
 あのとき、人間を捨てたつもりだった。
 違った。
 冴木の中に残っている微かな良心が、引き金を絞る指先を躊躇わせた。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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