モンスターシューター第49回
13
「昨日は鳩の死骸を置かれました。その前はカラスの死骸、その前は猫の死骸......今月に入って、十日間で三回です! 死骸を店先に放置するなんて、営業妨害もいいとこです! 死骸だけじゃありません! 先月は大量の生ごみが捨てられていたり、嘔吐物が撒き散らされていることもありましたっ。絶対にあいつの仕業に間違いありません!」
MSTの応接ソファに座った依頼人の美川(みかわ)が、憤然として断言した。
「あいつというのは、さっきお話しになった美容室のオーナーですか?」
杏樹は訊ねた。
「はい。そんな嫌がらせをするのは、城田(しろた)しかいません!」
美川の唇は怒りに震えていた。
「でも、防犯カメラに映っているとか、目撃者がいるとかの証拠はないんですよね?」
杏樹は質問を重ねた。
「証拠はなくても、動機はありますよっ。ウチの美容室がオープンしてから、城田の店の客が半分近く流れてきています。だから、客を取られた腹癒(はらい)せに違いありません! くそっ、なんて卑劣な男なんだ!」
美川が掌をテーブルに叩きつけた。
「お気持ちはわかりますが、動機があるだけではウチは動けません。なので、まずは城田さんを監視するところから始めます。尾行、監視の料金体系は......」
杏樹は淡々とした口調でシステムと料金を説明した。
「料金はお支払いしますけど、監視中にたまたまなにもしなかったらどうするんですか!?」
美川が不満げに訊ねてきた。
「なにもしなければ、こちらもなにもできません。美川さんの店の前に死骸や生ごみを放置した犯人という立証ができないわけですから」
杏樹は続けた。
「そんな悠長なことを言ってないで、状況証拠は揃っているわけですから、とっちめてやってくださいよ! そのお兄さんたちにボコボコにさせるとか」
美川が、各々のデスクでパソコンと向き合う光と尚哉を指差しながら言った。
「彼らは、そういうことをやるためのスタッフではありませんから」
杏樹が言うと、光と尚哉が苦笑した。
「だったら、もっと怖い人に依頼して城田をさらって拷問するとか......」
「いい加減にしなよっ、あんた! 証拠もないのに、そんなことできるわけないでしょうが! ウチはトラブルシューターで、復讐代行屋じゃないんだよ!」
杏樹が怒声を浴びせると、美川の顔が凍てついた。
光と尚哉は、驚いたふうもなくニヤニヤしていた。
「あんたみたいな私怨で依頼してくる客はいらないんだよ! 帰れ!」
杏樹の物凄い剣幕に圧倒された美川が、追い立てられた野良猫のように事務所を飛び出した。
「あ~あ。また、やっちゃったよ。これで、今月に入って三人目だぞ? 先月も先々月も赤字なのに、どうするんだよ?」
光がデスクから杏樹の正面のソファに移動し、呆れたように言った。
「振られた元カノとのセックス動画を提供するから嫌がらせをしてほしい、隣の犬が吠えてうるさいからさらって山奥に捨ててきてほしい......あんたは、こんな依頼を受けろって言うわけ!?」
杏樹は光を睨みつけた。
「たしかに依頼人もろくでなしだけど、経営者としてもっとうまい扱いかたがあるだろ? 少なくとも、相手はお客様なんだからさ」
光が諭すように言った。
「あんな下種(げす)をお客様扱いするくらいなら、ゴキブリにお茶を出したほうがましよ!」
杏樹が吐き捨てると、光がやれやれという感じで肩を竦めた。
「頼もしいじゃないですか。冴木さんの跡を継ぐなら、これくらいの過激さがあったほうがいいですよ」
尚哉が口を挟んできた。
「あの人の話はやめて」
杏樹は厳しい口調で言った。
「いい加減、禁句を覚えろよ」
光が尚哉を窘めた。
「もう、帰ってこないんですかね? いまの冴木さんが、信じられないんですよね」
尚哉が寂しげな顔で言った。
「帰ってくるわけないでしょ? 元々、そういう男だっただけの話よ。さあ、あんたもくだらないことばかり言ってないで、名高(なだか)さんの店に行く時間でしょう?」
杏樹は自らにも言い聞かせ、尚哉を促した。
「あ、そうでした」
尚哉が慌てて外出の準備を始めた。
杏樹はタブレットPCを起ち上げ、一時間後にくる依頼人のデータフォルダを開いた。
三島寛治(みしまかんじ) 四十三歳 錦糸町でガールズバーを経営
依頼案件 同業者の強引な引き抜きによるトラブル
芸能界、テレビ業界で猛威を振るう「極東芸音協会」二代目会長の恐怖政治。
対立する大手芸能プロのタレントをキャスティングしないように、テレビ局幹部に圧力。
逆らう者は政界と闇社会の力を臨機応変に使い分け闇に葬る、二代目会長冴木氏の恐ろしい素顔。
大民(だいみん)党、光安(みつやす)幹事長、「極東芸音協会」から十億の収賄の疑い。
テレビ局幹部を飴と鞭で隷属させる冴木会長の手腕。
芸能界の帝王、冴木徹の恐ろしい素顔。
大手芸能プロ「アドバンスプロ」の園田(そのだ)代表拉致監禁事件に、「極東芸音協会」の冴木会長が関与か?
国民的アイドルグループ「ヒロインセブンティーン」の元メンバー、冴木会長の指示で政財界の重鎮達に枕営業を強要されたことを涙の激白。
依頼人の情報を整理しようとしていた杏樹の脳内は、いつの間にか冴木のゴシップを報じるスキャンダルの見出しで埋め尽くされていた。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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