モンスターシューター第42回
コンテナの壁の裏側にも二十坪ほどのスペースがあり、プレハブ小屋くらいの大型コンテナが設置してあった。
「ついてこい」
冴木は車を降りると、三人を促し、怜を肩に担ぎ大型コンテナに入った。
「わっ、なんすか、ここは!」
光が驚いた顔でコンテナ内を見渡した。
ワンルームマンションほどのスクエアな空間に置かれたL字型のカウンターデスクには、小型のモニターが一辺に十台ずつ並んでいた。
ほかには冷蔵庫とロングソファがあるだけだった。
「テレビ局みたいですね」
尚哉が物珍しそうにモニターを覗き込んだ。
「こういうときのために、備えていたアジトだ」
冴木はカウンターデスクの椅子に座りながら言った。
「こういうときのためって、赤尾に復讐するため?」
杏樹が訊ねてきた。
「そういうことだ。もちろん、ほかにチャンスがあればその場でぶっ殺してやったが、抜け目のない野郎だから簡単にはいかなかった。十年かかったぜ。だが、野郎を呼び出せる千載一遇のチャンスがきたってわけだ」
冴木は上ずる声で言った。
逸る気持ちを抑えきれなかった。
ずっと、この日を待っていた。
ただの一日も、葉月の最期を忘れたことはなかった......ただの一日も、赤尾への復讐を忘れたことはなかった。
「でも、約束通り一人でくるとは思えないんすけど」
光が不安を口にした。
「こっちも端から信じてねえよ。だから、こいつらを揃えた」
冴木はモニターを指差した。
「まずは表のカメラで、兵隊を引き連れてるかどうかを見極める。兵隊がいたら赤尾一人で入ってくるように命じる」
「あ、最初の狭いスペースっすね?」
光が確認した。
「ああ。野郎が一人で入ってきたのが確認できたら墓場に招き入れる」
「墓場?」
すかさず、尚哉が訊ねた。
「足を踏み入れたら、シャッターで遮断するから野郎は逃げ出すことができねえ。袋の鼠だ。こいつで一思いに殺すか、拳で嬲(なぶ)り殺すかは気分次第だ」
冴木は右手に持った拳銃を宙に掲げた。
「最初の狭いスペースに、大勢が乗り込んできたらどうするんですか?」
「そうそう、逆にこっちが袋の鼠になるっすよ?」
尚哉と光が矢継ぎ早に言った。
「あまり気が進まねえが、奥の手を使う」
冴木は立ち上がり、壁にかかっていたロールカーテンを巻き上げた。
「なんすか!? これは!?」
壁に埋め込まれたコントロールパネルを見て、光が素頓狂な声を上げた。
コントロールパネルには、赤、緑、黄色のボタンが並んでいた。
「保健所が犬猫を殺処分するときの炭酸ガスだ。濃度は三十パーセントだから、十分で眩暈(めまい)、吐き気、頭痛に襲われ一時間で死ぬ。こんな卑怯な手を使いたくはねえが、赤尾が約束を破るなら仕方がねえ」
冴木は奥歯を噛み締めた。
葉月の苦しみを考えると、ガスで殺すなど甘過ぎた。
差しで向き合い、この手で殺したかった。
「自分が卑怯者だという自覚はあるんですね」
それまでソファに杏樹と並んで座っていた怜が皮肉っぽい口調で言った。
「なにが言いてえ?」
冴木は怜に歩み寄った。
「会長のことを怪物扱いしていますけど、あなたも同類でしょう?」
怜が侮蔑の色を浮かべた眼で冴木を見据えた。
「冗談じゃねえぞ! あんな怪物と一緒にするんじゃねえ!」
最愛の妹の命を奪った赤尾と同類に扱われるのは、冴木にとって嬲り殺しにされるよりも屈辱だった。
「会長には、怪物になる理由がありました。あなたにも理由はあるのだから、会長と同じ怪物だということを認めたらどうですか? いっそのこと、怪物同士手を組んだらどうでしょう? 私は、あなたとともに、会長の跡を継いでもいいと思っています」
怜が冴木を見据える瞳からは、感情が読み取れなかった。
だが、冗談で言っているとは思えなかった。
「お前と、あいつの跡を継ぐだと!? ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ!」
冴木は怜を睨みつけた。
「でも、彼女の言う通りかもしれない」
不意に杏樹が呟いた。
「なんだと?」
冴木は杏樹に顔を向けた。
「人を殺したら、赤尾と同じ殺人鬼になるわ」
「お前を助けたとき、赤尾が差し向けた兵隊を殺しちまったのを忘れたのか?」
「あれは正当防衛よ。だけど、いまからしようとしていることは違う......待ち構えて、赤尾や部下を殺そうとしているいまとは違うわ」
杏樹が咎める口調で言った。
「じゃあ訊くが、大勢で乗り込んでくる奴らにおとなしく殺されろっつうのか?」
冴木は皮肉っぽい口調で返した。
「警察に通報すればいいじゃない。赤尾たちは多くの罪を犯してるし、これからも犯そうとしている。確実に現行犯で逮捕されるわ。ね? そうしよう?」
「それから?」
「え?」
「逮捕されたあとはどうする? 葉月を直接殺したのは奴じゃねえし、ほかの犯罪についても証拠はねえし、手は下してねえだろう。身代わりに配下が長期刑を食らうことはあっても、赤尾はすぐに出てくるだろう」
「私をさらって、ボクシング会場で大勢の殺し屋を使って社長を殺そうとしたのよ!? すぐに釈放なんてありえないでしょう!?」
杏樹が気色ばんだ。
「お前をさらったのや、会場で兵隊どもが俺を襲撃したのが、赤尾の指示だとどうやって証明する? 野郎はあの場にいなかったし、直接の指示を出していたのはこの女だ」
冴木は怜に視線を移した。
「警察だって馬鹿じゃないから、赤尾の罪を暴き出してくれるわ」
「取るに足らない微罪ばかりな。即釈放じゃなくても、執行猶予程度だろう」
「たとえそうだとしても、赤尾を制裁するのは警察であってあなたじゃない」
杏樹がきっぱりと言った。
「勘違いするな。赤尾を制裁するのは俺だ。邪魔をする奴は、お前であっても容赦しねえ」
冴木は押し殺した声で言うと、杏樹を見据えた。
「そう。だったら、好きにすればいい。赤尾と同じ、モンスターになればいいわ」
突き放した言葉とは裏腹に、杏樹の瞳は哀しげだった。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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