モンスターシューター第45回

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『怜は無事なんだろうな?』
 それまでとは別人のような喋りかたに冴木は驚き、改めて確信した。
「まともに喋れるじゃねえか? ずっと芝居してたのか?」
『別人になるには、それなりの理由がある。君も、同じだろう?』
 すべてを見通したような眼でモニターを見据え、赤尾が意味深なことを言った。
 落ち着いた紳士的な口調は、冴木が知っている赤尾豊斎のイメージとは懸け離れていた。 
「知ったふうな口をきくんじゃねえ。いま、そっちに行くから待ってろ」
 冴木はモニター越しの赤尾に言うと、シャッターを下ろし袋の鼠にした――拳銃を手に大型コンテナの出口に向かった。
「私の命で、終わりにしてください」
 怜の声が冴木の背中を追ってきた。
 いままでのような、無感情で上からのもの言いではなく懇願口調だった。
「お前の命程度じゃ、親父の罪は償えねえ」
 冴木は吐き捨て、コンテナを出た。
「驚いたぜ。卑劣な冷血漢も、娘のためなら命懸けで助けにくるんだな」
 冴木は皮肉を口にしながら、赤尾と四、五メートルの距離で対峙した。
「私は約束を守った。今度は君が約束を守る番だ。この状況で拳銃も持ってるんだから、人質で私を牽制する必要もないだろう?」
 赤尾が物静かな口調で言った。
 冴木は、あまりの赤尾の雰囲気の違いに、双子の片割れではないのかと疑いそうになった。
 目の前の姿が本来の赤尾なら、どれだけの地獄を見たらあんなモンスターになれたのだろうか?
 確実なのは、赤尾が人間を捨てた理由に怜が関係しているだろうことだ。
 だが、たとえ赤尾がどんな地獄を見ていようとも、葉月にしたことへの免罪符にはならない。
「一人できたご褒美に、最後に娘に会わせてやるよ」
 冴木は言うと、スマートフォンを耳に当てた。
「女を連れてこい」
 光に命じ、冴木は電話を切った。
「最後に、もう一度訊く。厚かましいことは承知の上だが、娘と『極東芸音協会』を継いでくれないか?」 
 赤尾の瞳から、切なる思いが伝わってきた。
「冗談じゃねえ。『極東芸音協会』を潰すことはあっても、てめえの跡を継ぐなんてことは万に一つもねえ!」
 冴木は赤尾の申し出を一蹴した。
「まあ、私がやったことを考えると、君がそういう気持ちになるのも仕方がないね。ならば、私も潔く死を受け入れることにしよう。その代わり、怜だけは見逃してやってくれ。あの子には、なんの罪もないんだ」
 赤尾が悲痛な顔で懇願してきた。
「都合のいいことを言ってんじゃねえよ。あんたの部下が焼き殺した葉月にも、なんの罪もなかった」
 冴木は押し殺した声で言った。
 拳を握り締めた......奥歯を噛み締めた。
 赤尾が懇願すればするほど、憤りが増した。
「君の言う通りだ。それでも......」
 赤尾が言葉を切り、ゆっくりと跪(ひざまず)いた。
 冴木は眼を疑った。
「怜を見逃してやってくれないか? あの子はもう、十分に地獄を見ている......頼む、この通りだ。君の妹さんにたいする罪は、私一人に償わせてくれ」
 顔を上げた赤尾の瞳が潤んでいた。
 これは現実か?
 あの極悪非道の冷血漢が、足元に平伏し、泣いていた。
「だから、都合のいいことを言ってんじゃねえ......」
 動揺を打ち消し、冴木は震える声で言った。
「私が五歳のとき、父と対立する芸能プロダクションの人間にさらわれました。彼らは傘下に入らない父への警告のために、私の手足を切断し段ボール箱に詰めて自宅に届けました。父はその瞬間から、人間であることを放棄して怪物になることを誓ったのです」
 冴木は拳銃を赤尾に突きつけ、背後を振り返った。
 光に連れられた怜の頬は、涙に濡れていた。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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