モンスターシューター第31回
「お見事でした」
怜の声がした。
冴木は弾かれたようにプロジェクタースクリーンを振り返った。
プロジェクタースクリーンは作動していなかった。
「社長! あそこ!」
冴木は杏樹の視線を追った。
一階の赤コーナーの花道を、スキンヘッドの細身の女性......怜がリングに向かって歩いていた。
冴木は、周囲に視線を巡らせた。
どこにも、護衛らしき人影は見当たらなかった。
次に、狙撃手を警戒し視線を二階席に移した。
やはり、人影は見当たらなかった。
視線を怜に戻した冴木は、違和感を覚えた。
怜の歩度がやけに遅く、歩き方がギクシャクしていた。
数分かかり、怜がリングに上がった。
いったい、どういうつもりだ?
冴木の脳内に疑問符が飛び交った。
突然、プロジェクタースクリーンが作動した。
『ハロハロぉ~! おひさ! いやぁ~、凄かったねぇ~。イケメンでなよっとしていた北斗ちゃんとは思えないほど強くなったねぇ~。戦闘のプロの十五人を一人で倒すなんてさぁ~、たいしたもんだよ~』
スクリーンの中の赤尾が、手を叩き破顔した。
『ラストの相手だよ~ん。ウチの警備部部長を倒したら、僕にたいしての無礼はぜ~んぶ水に流してあげるから~』
赤尾が愉快そうに言った。
「ふざけるんじゃねえ! 女が俺の相手になるわけねえだろうが! 小細工してねえで、兵隊送り込むならさっさと送り込めや!」
冴木はスクリーンの中の赤尾に怒声を浴びせながら、杏樹を拘束しているロープを解き始めた。
赤尾は、怜で時間を稼ぎ新たな刺客を送り込んでくるつもりなのだろう。
『いいからいいから、とにかくリングインしてよ。本当に彼女の頬に平手一発でも当てられたなら、北斗ちゃんと杏樹ちゃんを帰してあげるからさ~』
赤尾の妙な自信が気になった。
「どうせ、手下を送り込むまでの時間稼ぎだろうが。くされ外道が! ちょっと待っててくれ。あの宇宙人女を張り倒してくるからよ」
冴木は杏樹に言った。
「気をつけて。なんだか、凄く嫌な予感がするの」
珍しく、杏樹が不安げな口調で言った。
「おいおい、心臓が鉄でできた女がしおらしいこと言うんじゃねえよ。大雨が降るじゃねえか」
冴木は意地悪っぽく茶化した。
「誰が心臓が鉄でできた女よ! 野蛮な野獣を心配した私が馬鹿だったわ!」
杏樹が顔を赤く染め、憤然として言った。
「そうだ。それでいい」
冴木は真顔で言った。
「え?」
「お前は強い女だ。誰も、お前を傷つけることはできねえ」
冴木は杏樹の瞳をみつめて頷いた。
過去にひどい暴力を受けてレイプされた傷は、いまも心に残っているはずだ。
だからこそ、強く生きてきたはず......葉月を目の前で惨殺された自分のように。
記憶の悪夢に押し潰されてしまわないように強く、強く......。
冴木には、杏樹の気持ちが痛いほどにわかった。
「社長......」
杏樹の瞳が潤んだ。
「心配いらねえ。必ず戻ってくるから」
冴木は杏樹の頭に手を置き、力強く約束した。
「拳銃かなにか持ってる奴らが、どこかに潜んでるって! 赤尾って人が、本気で女の人と勝負させようとするわけないでしょ!」
杏樹が悲痛な声で叫んだ。
わかっていた。
だからこそ、杏樹から離れるのだ。
危険を察知して杏樹と逃げようとしたら、どこからか狙撃される可能性があった。
だが、冴木がリングインすれば、赤尾の目論見がはっきりする。
狙撃されるならば、自分一人で十分だ。
「野蛮な野獣は、一、二発食らったところでくたばりゃしねえよ。心配しねえで、おとなしく待ってろ」
冴木は杏樹の髪の毛をくしゃくしゃにし、リングへと駆けた。
五感を研ぎ澄ました。
物音、空気の流れ、視界の些細な違和感......微かな変化も見落とさないようにした。
リングサイドまでは、何事もなかった。
なにかがあるとすれば、リングインしてからだろう。
冴木は両手で頬を張り、トップロープを飛び越えた。
リングインすると同時に冴木は、目の前の怜ではなく観客席を見渡した。
『北斗ちゃんも疑り深いね~。心配しないでも、スナイパーなんていないから~。だから、目の前の彼女に集中してくんない? 彼女を見て、なにか感じない?』
赤尾がワクワクした顔で訊ねてきた。
冴木は舌を鳴らし、怜に視線を戻した。
両手足は義手、義足で、顔の皮膚は不自然なほどに突っ張り質感がなく仮面をつけているように見えた。
「おい、いい加減、茶番は終わりにしろ。こいつを見ても、薄気味悪いとしか感じねえよ」
冴木は吐き捨てた。
『君のこと思い出さないってよ~。お兄ちゃんに忘れられてかわいそうにね~』
赤尾の言葉に、冴木の背筋が凍てついた。
「お兄ちゃん? てめえ、なに言ってるんだ?」
冴木は、プロジェクタースクリーンに顔を向けた。
『だ~か~ら~、そのままの意味だって~。君の目の前にいる女の子は、愛しい愛しい妹の葉月ちゃんだよ~ん』
赤尾の声が、鼓膜からフェードアウトした。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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