モンスターシューター第51回
「招かれざる客ということはわかっているが、少しお邪魔してもいいかな?」
赤尾が出入り口の外に佇み、伺いを立ててきた。
「ふざけんじゃ......」
「どうぞ」
杏樹は熱(いき)り立つ光を遮り、赤尾を招き入れた。
「おいっ、こんな野郎を入れるのか!?」
光が、今度は杏樹に詰め寄った。
「悪いね。話が終ったら、すぐに帰るから」
赤尾が光に言いながら、杏樹の正面のソファに座った。
「で、話って?」
杏樹が促すと、突然、赤尾が頭を下げた。
「なんの真似?」
杏樹は内心の驚きを隠し、素っ気なく言った。
「冴木君のことは謝るよ」
赤尾が顔を上げ、底なしに暗い瞳で杏樹を見つめた。
「私にではなく、本人に直接謝れば?」
「妹さんのことは、七年前に謝ったよ。いま謝っているのは、彼に私の跡を継がせたことさ」
「本人が受けたんだから、私に謝られる筋合いはないわ」
「彼が、あんなふうになるとは思わなかった。私以上の、モンスターに......」
赤尾が悲痛な顔で、震える声を呑み込んだ。
「どうでもいいわ。私には関係のないことだから」
杏樹は平静を装い言った。
「信じてもらえないかもしれないが、私が恐怖と権力で築き上げた世界を彼に正してほしかった。冴木君なら、魑魅魍魎が跋扈し生き馬の目を抜く芸能界でも、正攻法でやってゆけると思っていた......」
赤尾が悔恨の表情で言った。
「やってゆけてるじゃない。あんたが会長時代より、『極東芸音協会』の勢力は拡大してるみたいだし」
杏樹は言葉に皮肉を込めた。
「私以上の悪逆非道なやりかたでね」
赤尾が長い息を吐きながら、小さく首を横に振った。
「愚痴を言い終わったら帰ってくれる? あまり長く見たい顔じゃないし」
杏樹は、ふたたび皮肉交じりに言った。
「では、私はこれで失礼するよ。あ、最後に一ついいかな?」
出入り口に向かいかけた赤尾が足を止め、振り返った。
「なに?」
「彼を......冴木君を救いたいかな?」
唐突に、赤尾が訊ねてきた。
「なによ? 突然」
杏樹は訊ね返したが、本当はわかっていた。
「もし、そうなら、私のことは気にしなくてもいいから」
赤尾が、杏樹を見つめてきた。
「わけわかんないこと言ってないで、さっさと帰って。こう見えても、忙しいんだからさ」
杏樹は突き放すように言うと、タブレットPCに視線を戻した。
「お邪魔したね」
赤尾が出て行ってからも、杏樹はタブレットPCから視線を離さなかった。
「赤尾は、なにを言ってたんですかね?」
尚哉が怪訝そうに訊ねてきた。
「年食ってボケたんだろ」
光が吐き捨てた。
あんたに言われなくても......。
杏樹は心の中で、赤尾に向けた言葉の続きを呑み込んだ。
☆
MSTに、杏樹がノートパソコンのキーを叩く音が響き渡った。
光と尚哉は、昼食を摂りに出ていた。
杏樹は、一心不乱に作業を続けた。
この半年間、光や尚哉には内緒で進めてきたトップシークレット......雑念を振り払った。
身の危険を感じたことは、一度や二度ではなかった。
だが、杏樹が苦しんだのは利権を守ろうとする者達の圧力や恫喝ではなく、良心の呵責だった。
心を無にして、キーを叩き続けた。
気を抜けば、半年間積み上げてきたものすべてを削除してしまいそうになる。
本当に、これでいいの?
声が聞こえたが、指の動きを止めなかった。
いまなら、引き返せるのよ?
ふたたび声が聞こえたが、無視した。
見て見ぬふりもできた......傍観者になることもできた。
なにより、杏樹に得はなかった。
それでも、見て見ぬふりはできなかった......傍観者にはなれなかった。
あなたが、そこまでする理由はなに?
みたび、声が聞こえた。
杏樹はUSBメモリースティックを抜き、大きく息を吐いた。
あの人が、それを待っているから。
どこからか、声が聞こえた。
しばらくして、それが自分の声だと杏樹は気づいた。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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