モンスターシューター第38回
ガイアプロの系列事務所だけで大小合わせると百社近くあり、主要芸能プロの五十パーセントを占めていた。
連ドラ主演級俳優、ミリオンセラー連発のアーティストは系列を含めると五十人以上所属していた。
そのガイアの牙城を脅かしたのが、赤尾の芸音プロだった。
元テレビ局のプロデューサーだった赤尾は、業界の知識と豊富な人脈でめきめきと頭角を現した。
赤尾はドラマにキャスティングしていた側だったので、数字が取れる俳優を見抜く眼力が秀でていた。
赤尾が厳選してスカウトした芸音プロの俳優は次々とブレイクし、ガイアプロ一色だったドラマのメインキャストの勢力図が崩れ始めた。
ガイアプロ社長の立浪(たつなみ)は、関東大手の暴力団......大宝(たいほう)連合をバックに同業他社の社長を従わせていた。
当然、赤尾のもとにも圧力はかかった。
赤尾は、芸能界から撤退するかガイアプロの傘下に入るかの二者択一を迫られた。
立浪はそうやって競合相手を潰すか吸収し、ガイアプロの勢力を拡大してきた。
赤尾は、そのどちらも選択しなかった。
業を煮やした立浪は、テレビ局の上層部に圧力をかけた。
芸音プロのタレントを起用すれば、ガイアプロのタレントを引き揚げると。
いままでは、それで通用していた。
テレビ局も従うしかなかった。
だが、芸音プロは、ガイアプロと同等、またはそれ以上に数字の取れる俳優が揃っているので、テレビ局も簡単に切るわけにはいかなかった。
各テレビ局は、反社会的勢力の存在をちらつかせるガイアプロより、俳優の素材とスキルの高さで勝負する芸音プロのタレントを起用することを選択した。
赤尾には圧力が通じないと悟った立浪は、怜を拉致して手足を切断するという強硬手段に出た。
病院のベッドで眠る手足を失った怜をみつめる赤尾は、人間をやめることを誓った。
病院を出た赤尾が向かった先は警察ではなく、真闘(しんとう)会の事務所だった。
真闘会はガイアプロのバックにつく大宝連合の上部団体だった。
赤尾は一億円の現金を手土産に、真闘会の会長に一連の流れを説明し立浪への復讐を依頼した。
一週間後、立浪が失踪した。
首領の突然の失踪に、業界が揺れた。
赤尾にはわかっていた。
立浪が二度と戻ってはこないことを。
独裁経営だったボスを失ったガイアプロを切り崩すのは、そう難しいことではなかった。
影響力を失い脆弱になったガイアプロを芸音プロの傘下にするのに、半年とかからなかった。
百社近い系列プロダクションを含めてガイアプロを吸収したことで、赤尾が芸能界の新しい首領に就任した。
赤尾は極東芸音協会を設立し、芸能界の完全統一を目指した。
同業他社を次々と協会に加盟させた。
抗うプロダクションは、力ずくで従わせた。
歯向かってくる相手は容赦なく叩き潰した。
数多くのドル箱タレントを抱え、背後に真闘会がついている芸音協会に同業者はもちろん、テレビ局も逆らえなかった。
ガイアプロの時代には五十パーセント程度だった支配率は、赤尾の時代になってから七十パーセントを超えるまでになった。
ガイアプロのやりかたを忌み嫌っていた赤尾は、気づいたときには立浪以上のモンスターになっていた。
力がなかったから、怜を守れなかった。
力があったら、怜を地獄に落とすことはなかった。
赤尾は誓った。誰にも屈しない圧倒的な力を身につけることを。
赤尾は誓った。誰もが逆らう気を失うほどの絶対的な権力を握ることを。
情、良心、倫理......人間をやめるために赤尾は、いままでの自分をなにもかも捨てた。
別の生き物に生まれ変わるために、喋りかたさえ捨てた。
モンスターと化した赤尾は、葉月という女性を死に追い込んだことで皮肉にも新たなモンスターを生み出してしまった。
そして、そのモンスターは赤尾に牙を剥いた。
冴木の最愛の宝物を先に壊したのは自分だ。
だからといって、怜を二度も地獄に落とすわけにはいかない。
もし、怜の身になにかがあったら冴木はもちろん、神であっても許しはしない。
「今度は、必ずパパが助けるから......」
赤尾は絞り出すような声で誓った。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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