モンスターシューター第32回

 いま、赤尾は葉月と言ったのか?
 誰が? 目の前の女が、葉月だというのか?
 ありえない。
 容姿がまったく違うし、なにより葉月は死んだ。
 
「てめえっ、妹を冒涜するのは......」
『火だるまになったあと、奇跡的に息があったんだよね~。僕にはお金と人脈があるからさぁ~、最高の医療チームを結成して移植手術を行ったんだ。手足は壊疽(えそ)してたからちょん切るしかなかった。もっと大変だったのは、体表面積九十パーセントを超える火傷さ。顔も体もどろどろになってたから、植皮するにも健常な皮膚が足りなくて、裏腿から採取した皮膚を六倍に引き延ばすメッシュスキングラフト手術で、なんとか凌いだってわけさ。あとは感染症にかからないように集中治療室で二十四時間態勢の看護して、回復を待ったんだ。妹ちゃんはたいした生命力だよ~。二ヶ月で集中治療室を出て、二年のリハビリで歩けるようになったからね~。でも、ほとんどの記憶は失っちゃったけどさ』
 赤尾の言葉に、冴木の理性が粉砕した。
「ふざけんじゃねえ! そんな出来の悪い四流SF映画みてえな作り話を、俺が信じると思ってんのか!」
 冴木はプロジェクタースクリーンの赤尾に怒声を浴びせた。
 許せなかった。
 葉月を殺害した上に、命を救ったなどとでたらめを......。
 葉月を二度殺されたような気分だった。
『そりゃそうだよね~。僕だって、ボーボーに燃えちゃった妹ちゃんが息を吹き返したなんて信じられないからさぁ~』
「やめろ! それ以上言いやがったら......」
『怜ちゃ~ん、原っぱの思い出話を北斗ちゃんにしてあげてくれるかな~?』
 赤尾が冴木を遮り、怜に言った。
「かしこまりました。北斗さん、最初に断っておきますけれど、私がいまからお話しすることはなぜか記憶に残っていますが、自分が何者か、親や兄弟のこともまったく覚えていません」
 怜が無機質な瞳で冴木をみつめた。
「おい、てめえまで、いい加減にしろよっ。女だからって、容赦しねえぞ!」
「私は幼い頃、お兄ちゃんと一緒によく近所の原っぱに遊びに出かけていました。あ、近所の原っぱということは覚えていますが、家のことは記憶にありません。私は女の子なのに昆虫が大好きで、何時間観察していても飽きませんでした。モンシロチョウ、ショウリョウバッタ、ナナホシテントウ、ハサミムシ、オオカマキリ......原っぱの草むらにはいろんな昆虫達がいました。私はとくにカマキリの愛嬌のある三角顔が大好きでした」
「なっ......」
 冴木は絶句した。
 昆虫好きの葉月を連れて原っぱに行った話を、赤尾が知るはずがない。
 まさか、この女は本当に......。
 しっかりしろ! 惑わされるな! この女が葉月なわけがないだろう?
 冴木は自らに言い聞かせた。  
『カマキリの中でも、私はハラビロカマキリという種類が好きでした。草地に棲むオオカマキリと違ってハラビロカマキリは樹上性なので、滅多に観察することはできませんでした。私はお兄ちゃんに、森に連れて行ってくれるように頼みました。念のために言いますが、お兄ちゃんのことも覚えていません』
「どうして、それを......」
 冴木は掠れた声で呟いた。 
 
『お兄ちゃん、葉月、一度でいいからハラビロカマキリを見たいな』
『じゃあ、一緒に探してあげるよ』
『ここにはいないの』
『え? カマキリなら、何匹もいるじゃないか?』
『草むらにいるのはオオカマキリという種類で、ハラビロカマキリは木の上に棲んでるから山に行かないと見つからないの』
『山!? カマキリなんて、どれでも同じだろう?』
『あーっ、そんなこと言ったらいけないんだ。私達人間が、どれでも同じなんて言われたら嫌でしょ?』
『わかった、わかった。仕方ないな。じゃあ、お兄ちゃんが連れて行ってあげるから』

 怜が葉月でなければ、知り得ない情報だ。
 赤尾が偽物を葉月に仕立てようと企んだとしても、二人の幼少期のエピソードを知らないので不可能だ。
 だとすれば......。
 いいや、騙されるな! 
 十年前、この眼で見ただろう!?
 灼熱の炎に焼かれ息絶える葉月の最期を......。
 赤尾の飼う雌犬を葉月ではないのかと一瞬でも思うのは、非業の死を遂げた妹への冒涜以外のなにものでもない。
「猿芝居は、そのへんにしておけ! どこで仕入れた情報か知らねえが、これ以上、妹を侮辱するような真似は......」
「それから、パンケーキ屋さんのことも覚えています」
 怜が思い出したように言った。
 
 まさか......。
 冴木は記憶を巻き戻した。
 
『お待たせいたしました。ハニーキッスパンケーキです』
『あ、それはお兄ちゃんが......』
『お前が食べるんだろ?』
 冴木はウエイトレスから受け取ったパンケーキの皿を葉月の前に置いた。
『え、葉月が甘い物好きじゃないって知ってるでしょ? これはお兄ちゃんが......』
『シッ。聞こえるだろ? 恥ずかしいから、とりあえず葉月の前に置いててくれ』

「お兄ちゃんが一人で行くの恥ずかしいからって、よくパンケーキ屋さんにつき合わされました。パンケーキを私の前に置いて、周りの眼を気にしながらちょっとずつ食べるんです。かわいかったな」
 怜が初めて笑った。
「お前はいったい......」
 冴木は動揺に泳ぐ瞳で怜をみつめた。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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