モンスターシューター第29回

           7

 リング外に飛び降りた瞬間、木刀と金属バットを持つ男が殴りかかってきた。
 冴木は正面の木刀男のみぞおちに前蹴りを突き刺し、右側から突っ込んできた金属バット男の顔面にバックハンドブローの要領でベルトのバックルを叩きつけた。
 八人の男が無表情に追ってきた。
 八人の黒スーツ男は各々、金属バットと木刀以外に、ナイフ、チェーン、鉄パイプ......様々な武器を携えていた。
 さすがに、武器を持った八人を同時に相手にはできない。
 冴木は座席の合間を縫いながら、二階席に続く階段に全速力で走った。
 足音を確認しながら、急に立ち止まり振り向き様に右手を薙いだ。
 不意を衝かれてバランスを崩す先頭のナイフ男の顎を、ベルトのバックルで砕いた。
 チェーンが空を切り裂き飛んできた。
 冴木は反射的にベルトで迎え撃った。
 ベルトとチェーンが宙で絡みついた。
 冴木はすかさず、ベルトを持つ手を引いた。
 もたもたしていると袋叩きにあってしまう。
 前のめりに引き寄せられたチェーン男の股間を冴木は蹴り上げた。
 ベルトに絡みついたチェーンをもう片方の手に持ち、襲いかかってきた鉄パイプ男と木刀男の顔面に打ちつけた。
 顔を押さえて転げ回る二人を飛び越えた男が、金属バットを振り下ろしてきた。
 反射的に上半身を捻った冴木の右肩に衝撃が走った。
 冴木は片膝をついた。
 今度は横殴りのフルスイング――冴木は前転し、金属バットを躱して起き上がった。
 下腹に食い込む木刀。息が詰まった。冴木は前屈みになりながら走った。
 チェーンもベルトも手放してしまった。
 あと四人......動きを止めてしまえば終わりだ。
 後頭部に衝撃――揺れる視界にナイフを持った男が突進してきた。
 本能で躱した。
 咄嗟に出た左のハイキックが、ナイフ男の側頭部にヒットした。
 崩れ落ちるナイフ男。
 ツキはまだ、逃げてないようだ。
 背後に殺気......前転した
 競うように床を叩く金属バットと木刀。
 一秒反応が遅れていたら頭蓋骨が割れているところだ。
 冴木は転がっているサバイバルナイフを手にして起き上がった。
 殴られた後頭部が痺れ、断続的な眩暈(めまい)に襲われた。
 木刀が一人、金属バットが一人、レンチが一人。
 残るは三人だ。
 五人の格闘家との差しの戦いと武器を持つ男達との戦いで、冴木の肉体にはかなりのダメージが蓄積していた。
 三人を倒せたとしても、最強の敵が二階で待ち構えている。
 時間との勝負......これ以上、スタミナを削られるわけにはいかない。
 三人はおよそ二メートルの距離で冴木を取り囲んでいた。
 正面が金属バット男、左横が木刀男、右横がレンチ男。
 冴木はサバイバルナイフを右手で持ち、半身に構えた。
 同時に襲撃されたら勝ち目はない。
 待つのは危険だ。
 冴木は右に跳び身を沈めると、伸ばした右足で円を描くように素早く回転した。
 水面蹴り――レンチ男の足を払った。
 転倒するレンチ男を尻目に、前転した。
 擦れ違い様に金属バット男のアキレス腱を断ち切った。
 起き上がろうとするレンチ男の顎を飛び膝蹴りで砕いた。
 冴木はレンチ男の左のアキレス腱を素早く切ると、先に倒した七人のアキレス腱も次々と切った。
「これで、ゆっくりてめえを始末できるぜ」
 冴木は頬に浴びた返り血を手の甲で拭いつつ、木刀男に歩み寄った。
「ハンデをやらねえとな」
 冴木はサバイバルナイフを捨てた。
「舐めるな」
 低く呟き、上段に構えた木刀男が突進してきた。
 冴木は右手で頭上をガードした。
 フェイント――軌道を変えた木刀の先端が喉を突いた。
 激痛に目の前が白く染まり、息が詰まった。
 喉を押さえ前屈みになる冴木の背中に、木刀が振り下ろされた。
 二発、三発、四発......冴木は木刀で滅多打ちにされたが、呼吸ができずに動けなかった。
 冴木は自ら仰向けになり、木刀男の両足をカニ挟みにして体を横転させた。
 俯せに倒れた木刀男の背中に馬乗りになった冴木は、背後から顔面を鷲掴みにした。
 人差し指を両目に突っ込み、勢いよく手前に引いた。
 右の眼球が垂れ床に落ちた。
 響き渡る絶叫――冴木は肘を木刀男の後頭部に打ち込んだ。
 叫び声が途切れた。
 冴木は立ち上がった。 
 頭がクラクラした。
 まだ、呼吸がしづらかった。
 木刀で打たれた背中の痛みも激しかった。
 冴木は気合を入れるように自らの頬に右の拳を打ち込み、ゆっくりとした足取りで階段に向かった。
 ダッシュしないのは、ダメージを回復するためだ。
 二階。冴木は、約十メートル先の座席に拘束される杏樹のもとに歩み寄った。
「止まれ」
 二、三メートルの距離で、傭兵男が言った。
「ようやく、てめえをぶち殺せるぜ」
 冴木はニヤニヤしながら言った。
 本当は笑えるコンディションではなかったが、弱味を見せたくはなかった。
 野生動物が天敵に弱っているのを悟られると致命的だ。
 傭兵男がナイフを座席に置き、冴木と対峙した。
「なんだ? 武器ありじゃねえのか?」
 冴木は言った。
「お前を仕留めるくらい素手で十分だ」
 男が低い声で言った。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー