モンスターシューター第52回(最終回)

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 冴木はペントハウスの窓から、虚ろな瞳で渋谷の街並みを見下ろした。
 あっという間に駆け抜けた二年間だった。
 広域暴力組織を金で手懐けた。
 従わない同業他社を片端から蹂躙した。
 政治家を金で手懐けた。
 テレビ局の上層部を権力で支配した。
 罪悪感はなかった......感じないようにした。
 相応しい人間になりたい。
 冴木はその思いだけで、金と暴力と権力を駆使して芸能界とテレビ業界を支配した。
「極東芸音協会」を大きくしたいわけではなかった。
 芸能界の首領(ドン)になりたいわけでもなかった。
 相応しい人間になりたい......ただ、それだけだった。
 上着のポケットで震えるスマートフォンを引き抜いた。
『長沢凪(ながさわなぎ)、うまくいきました!』
 電話が繋がるなり、室長の西成(にしなり)の高揚した声が受話口から流れてきた。
 大河ドラマ主役、朝ドラ主役、年二本の全国ロードショーの主役、契約企業十三社のCM女王......飛ぶ鳥を落とす勢いの長沢凪は、二十歳という若さで国民的女優の名をほしいままにしていた。
 所属は中堅の芸能プロダクションだったが、代表の小木野(おぎの)が肚の据わった男で長沢凪の移籍話に頑として応じなかった。
 ほとんどのプロダクションが「極東芸音協会」の傘下に入っていたが、小木野は徹底拒否を貫いていた。
「そうか」
 冴木は言った。
『長沢を呼び出した個室に美菜(みな)が呼んでいた男友達のDJが合流して、大麻を吸い始めたところを動画でバッチリですよ!』
 冴木が描いたシナリオは、マネージャーが警戒せずに長沢凪を一人で送り出す相手を確保することだった。
 冴木が白羽の矢を立てたのは、長沢凪の友人である女優の川北(かわきた)美菜だった。
 美菜は「極東芸音協会」の傘下の芸能プロ所属なので、取り込むのは容易だった。
 女優のマネージャーは男性の友人にたいしては警戒心を強めるが、女性の友人にたいしては無防備な場合が多い。
 呼び出すことに成功したら、スキャンダル女優に仕立て上げるのは楽勝だった。
『薬物スキャンダルをマスコミに流すと脅せば、小木野もウチにくるしかないですね!』
 西成が声を弾ませた。
「ご苦労様。だが、動画は消していい」
 冴木は抑揚のない口調で言った。
『え!? どういう意味ですか!?』
 西成が驚いた声で訊ねてきた。
「そのままの意味だ。事情は言う気はない。とにかく、動画は消せ」
 冴木は一方的に言うと、電話を切った。
 もう、十分だろう。
 この二年間、不幸にした人間は......地獄に叩き落とした人間は数えきれない。 
 この二年間、赤尾を超えるモンスターを目指した。
 もっとひとでなしに......もっと鬼畜に、急き立てられるように良心を捨てた。
 葉月を目の前で焼き殺されたとき、モンスターになったつもりだった。
 違った。
 まだ、良心のかけらが残っていた。
 相応しい人間になりたかった......ようやくなれた。
 葉月を死へと追いやり怜の命を奪った人間に相応しい冷血漢に......。
 背後で乱暴にドアが開く音がした。
 いつかいつかと、このときを待っていた。
「東京地方検察庁特別捜査部の者です。『極東芸音協会』の冴木徹代表ですね?」
 背後から、特捜部の検事が訊ねてきた。
 窓越しに渋谷の街を見下ろしたまま、冴木は振り返らなかった。
「冴木徹代表ですね?」
 検事が繰り返し、訊ねてきた。
 冴木は答えず、ゆっくりと眼を閉じた。

 終わらせてくれて、ありがとう。

 瞼の裏に、杏樹の顔が浮かんだ。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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