モンスターシューター第7回

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「芸名は?」
 日本橋の「スリーシーズンホテル」――プレミアムスイートルームのソファに座った冴木は、物珍しそうに室内に首を巡らせる杏樹(あんじゅ)に訊ねた。
「岬(みさき)めるでーす!」
「所属プロダクションは?」
「『ハミングプロ』でーす!」
「どんな活動をしてるんだ?」
「グラビアで、男性読者をムラムラさせてま~す!」
 杏樹が、胸の谷間を作ってみせた。
「おい、真面目にやれよ。お前はグラドルじゃなくて、デビューを控えた新人モデルだ」
 冴木は杏樹を睨みつけた。
「あ! いま、雄の眼になった。もしかして、私の色気にムラッときた?」
 杏樹がケタケタと笑った。
「ムラッときたんじゃなくて、イラッときてんだよ。お前、仕事をナメるんじゃねえよ」
 冴木は、隣に座る杏樹の頭を空のペットボトルで叩いた。
「痛いな~。社長こそ、高級ホテルのスイートルームに短パンとタンクトップなんてナメてるじゃん。しかも無駄にマッチョで無駄に日焼けして、ポニーテールにグレーのカラコン嵌めてるし」
 杏樹が減らず口を叩き応戦してきた。
「俺が出て行くときは獲物に正体がバレてもいいときだから、服なんてなんだっていいんだよ。お前は芸能人じゃねえってバレたら、獲物を逃してしまうんだからな」
「獲物って......せめて、ターゲットって言ってよ。野蛮なのは、ビジュアルだけにしてくんない? それに、心配しないでも洗練されたモデルに見えるから。ほら!」
 杏樹が立ち上がり、くるりと一回転してみせた。
 百七十センチ近い長身、掌に収まるほどの小顔、小顔を際立たせるベリーショートヘア、くっきりとした目鼻立ち、すらりと伸びた長い手足......初対面で杏樹をモデルだと紹介されたら、冴木も疑いなく信じるだろう。
 実際に、杏樹を初めて見たときには彼女を芸能人だと思った。
 二年前......。

 現場に駆けつけた冴木の視界に飛び込んできたのは、部屋の片隅で震えている若い女性......杏樹だった。
 当時の冴木は、投資会社「コイングローバル」の経営者......中瀬(なかせ)からの依頼を受けていた。
 外貨為替のトレーディングで数億の損失を出した「フレッシュカンパニー」という芸能プロダクションの社長に脅され、返金を求められているという依頼内容だった。
 冴木が依頼を受けたのは、中瀬を脅迫しているのが芸能関係者だったからだ。
 極東芸音協会に繋がる可能性が一パーセントでもある依頼ならば、報酬が安くても引き受けてきた。
 結果、中瀬を脅迫している芸能関係者は極東芸音協会とは無関係だった。
 冴木は着手金を返して依頼を断ろうとも思ったが、ある事件が起こったことで思い直した。
 コイングローバルで中瀬の秘書をしていた杏樹が、自宅マンションで宅配業者を装った暴漢にレイプされたのだ。
 中瀬から一報を受けた冴木は、すぐに現場へ駆けつけた。
 蒼白な顔で立ち尽くす中瀬の足元で、顔を腫れ上がらせて全裸で震える杏樹の姿を目にした冴木の脳裏に、悪夢が蘇った。
『フレッシュカンパニーの奴らの仕業に間違いありません』
 中瀬が震える声で言った。
 どうでもよかった。
 犯人が誰であろうと、冴木には関係ない。
 ただ......見過ごせなかった。
 あのときを想起させる杏樹の姿が......。
 冴木はフレッシュカンパニーの社長の佐久間(さくま)に中学生の息子がいることを突き止め、通学の様子や友人と遊んでいるところを動画に撮影した。
 同時に、クラスの担任や親友の家も動画におさめた。
 佐久間を拉致した冴木は、撮影した動画を見せた。
 佐久間の顔が瞬時に強張った。
 家族がいる人間には中途半端な体罰を与えるよりも、妻や子供を精神的人質に捕らえるほうが遥かに効果的だ。
 牙を抜かれた佐久間は、今後二度と中瀬に嫌がらせをしないことを誓った。
 冴木は仕上げに、投資で損した逆恨みで、杏樹を部下に命じてレイプさせたことを白状する場面を動画に撮影した。
『今後、約束を破ってお前が中瀬さんに嫌がらせをしたら、この動画を息子や担任に見せるからな』
 冴木の恫喝に、佐久間は蒼褪めた顔で頷いた。
 本来は、これで冴木の任務は終わりだった。
 だが、昨日のことのように鮮明に蘇る記憶が、杏樹をレイプした実行犯への制裁に冴木を駆り立てた。
 実行犯は、フレッシュカンパニーの元マネージャーの二人だった。
 佐久間の呼び出しに罠とは知らずに現れた二人を冴木はロープで縛り上げ、フレッシュカンパニーの事務所に監禁した。
『私をレイプした奴らに会わせて』
 杏樹の申し出に、冴木は驚きを隠せなかった。
 普通は、自分を凌辱した男達を思い出すだけで恐怖感が蘇るものだ。
 しかし杏樹は事務所に入るなり、床に転がされた二人のうちの一人の股間を、ヒールの爪先で無言で蹴り上げた。
 杏樹は無表情で、一人につき五十発以上蹴り続けた。
 男達はそれぞれ、冷や汗塗れになり気を失った。
 二人の股間は、パンツ越しにもわかるほどに腫れ上がっていた。
『気が済んだか?』
 冴木は杏樹に問いかけた。
『うん! すっきりした!』
 杏樹の屈託のない笑顔に、ふたたび冴木は驚いた。
『よかったな。じゃあ、俺はこれで。成功報酬は、口座に振り込んでくれ』
 冴木は中瀬に言い残し、ドアに向かった。
『ちょっと待って!』
 杏樹の声に、冴木は足を止めた。
『なんだ?』
 冴木は背を向けたまま訊ねた。
『あんたのところで、私を雇ってくれない?』
 冴木は振り返り、破顔する杏樹を見つめた。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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