モンスターシューター第6回

「帰っちゃいましたよ! ウチを頼ってきた人に大金を吹っかけて払えないから追い払うなんて、ひどいじゃないですか!」
 息を弾ませて戻ってきた光が、厳しい口調で抗議してきた。
「お前を雇う前に言ったことを忘れたのか?」
 冴木は動きを止めずに言った。
「覚えてますよっ。依頼を受けるかどうかは、俺が決めるってやつでしょ? でも、それは依頼客に明らかに非がある場合だとか、ウチを利用して誰かを陥れようとしている場合じゃないですか!」
 光の抗議は続いた。
「勝手に理由を決めるな。依頼を受けるか受けないかは、俺の気分だ」
 冴木は素っ気なく言い放った。
「じゃあ訊きますけど、僕のために危険をおかしてまで、半グレのボスに制裁を加えてくれたのはなぜですか!? ヤクザを利用して半グレを歌舞伎町から追い出したから、僕の依頼は達成してましたよね? 僕のことを思って、半グレを追いかけて制裁してくれたんじゃ......」
「それも気分だ。奴の顔が気に入らねえから殴りたかっただけだ」
 冴木はふたたび光を遮り、冷めた口調で言った。
 拳が痛くなってきたが、それ以上に心の傷が痛んだ。
「もう、いいっすよ。冴木さんには、本当にがっかり......」
 ドアチャイムに、光が言葉の続きを呑み込んだ。
「あの、こちらはトラブルを解決してくれると広告で見たのですが」
「はい、そうです。ご予約されたお客様でしょうか?」
 光が別人のような笑顔で接客フロアに向かった。
「いえ、予約していないとだめでしょうか?」
「大丈夫ですよ! とりあえず、お座りください」
 冴木はサンドバッグにパンチを繰り出し続けながら、二人の会話を聞いた。
 冴木は無駄な依頼を受ける気はないが、佐原のように反社が絡んでいる可能性が低ければ光に任せてもよかった。
 反社が絡んだ依頼は長引いてしまう。
 気分で仕事を選んでいるというのは嘘だが、拘束期間では選んでいる。
 一ヶ月以内で終わりそうな仕事ならば受け、それ以上になりそうなら断るというのが基準だ。
 拘束期間が長いほど依頼料も高くなるが、冴木は利益を出すためにこの稼業を始めたわけではない。
「『MST』の風間(かざま)と申します。お客様のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「私、こういうものです」
「久慈(くじ)さん。『ライオネスプロ』......芸能プロを経営なさっているんですね?」
 光の言葉に、冴木はサンドバッグを打つ手を止めた。
「どんなトラブルで、お困りですか?」
「大きな声で言えないのですが、所属している女優が面倒なことに巻き込まれまして......」
 冴木は背を向けたまま、聴覚に意識を集中させた。
「差し支えなければ、具体的に教えていただけますか?」
「現時点で名前は明かせませんが、ウチの女優の情事が盗撮されてしまったんです」
「つまり、口止め料を要求されているわけですね?」
「逆です。お金を払うから、その女優を移籍させろと要求してきたのです」
「おかしな話ですね。盗撮した動画があるなら、お金を払わなくていいような気もするのですが」
「脅迫にならないように、体裁だけ整えているんです。移籍金といっても、たったの五百万です。その女優は年に二回ペースで連ドラの主役を務め、CM契約本数も十本以上あります。彼女を獲得したいなら、最低でも桁が二つは違う移籍金が必要になります。尤も、五億支払うと言われても移籍には応じませんがね。ですが、移籍に応じなければ盗撮動画をマスコミに晒され、そうなると十億近い違約金が発生します」
「警察や弁護士に相談しようにも体裁的には移籍金を支払うことになってますし、かといって、盗撮動画で脅されていることは言えないというわけですね?」
「そうなんです。警察沙汰、裁判沙汰にすればマスコミが理由を詮索してきます。危ない組織を知らないわけではありませんが、逆に弱味を掴まれて食い物にされる危険性もあります。藁にも縋る思いでネットを検索していたら、『MST』さんの広告が目に入ったという次第です」
「因みに、脅してきている相手も移籍を要求しているから同業者ですよね?」
「いえ、『真相出版』というブラックジャーナル系の出版社の編集長です」
 冴木はバンテージを巻いたままの拳を握り締めた。
「え? でも、さっき五百万で移籍を要求してきたとか言ってませんでしたか?」
「詳しい理由はわかりませんが、近江(おうみ)という編集長が『ウェルカムプロ』という芸能プロダクションを移籍先に指定してきまして......」
「久慈社長がウチに依頼したいのは、『真相出版』の近江編集長から盗撮動画を取り戻すことですね?」
「はい。ただ、表沙汰にできないので経費に計上できず、依頼金は私のポケットマネーになりますので、あまり高額な謝礼はお支払いできないのですが、お幾らほどになるのでしょうか?」
「少々お待ちください。いま上司に確認を取って......」
「受けてやるよ」
 冴木は汗塗れの体で応接ソファに腰を下ろした。
 初めて久慈をきちんと見たが、仕立てのいいモスグリーンのスリーピーススーツを着た、五十代と思しきロマンスグレーのちょいワルふうな男だった。
「え?」
 光が怪訝な顔を冴木に向けた。
 佐原のときとは違い、あっさりと依頼を受けたのだから光が驚くのも無理はない。 
「あの、冴木さん、まだ金額とか伺ってないのですが......」
 光が冴木の顔色を窺った。
「いくらでも構わねえ。それより社長さん、詳しい話を聞かせてもらおうか?」
 冴木は獲物を視界に捉えた鷲のように鋭い眼で久慈を見据え、ボイスレコーダーのアプリを開いたスマートフォンをテーブルに置いた。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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