モンスターシューター第3回

「サービスは、もうこれで終わりでいいですか?」
「もっと......ちょうだい」
 千穂がうわずる声で言った。
「本当にスケベな女の子ですね。仕方ないのでやってあげますから、自分で四つん這いになってください」
 尚哉が命じると、千穂が四つん這いになった。
 白く弾力のある桃のような尻に、尚哉は息を呑んだ。
 これまでに数多くのスタイル自慢の芸能人とベッドをともにしてきたが、胸も尻も断トツに美しく煽情的だった。
 尚哉は千穂の顔が、ベッドの足元のほうに向くように促した。
 マイクロビデオカメラに、千穂の顔がはっきり映るようにするためだ。
 尚哉は屹立したペニスを愛液で潤う肉壺に挿入した。
「ああ......」
 千穂がせつなげな声を漏らした。
 尚哉が腰を前後に動かすたびに、千穂の尻肉が弾んだ。
 シミ一つない美しい背中、括れたウエスト、なだらかなヒップライン、締まりのいい性器......一度だけで終わってしまうのは、惜しい体だった。
 盗撮されていたことを千穂が知ったら、尚哉を憎むだろう。
 セックスどころか、二度と千穂に会うこともできなくなる。
 いっそのこと、千穂に打ち明けてしまおうか?
 そうすれば、恩に感じてプライベートでも関係を続けてくれるかもしれない。
「もっと......もっとちょうだい......」
 尻をくねらせ振り返る千穂の顔を見た尚哉の下半身に、甘美な電流が走った。
 ペニスが蕩けるような感触――背筋を這い上がるオルガスムス。
 自在に射精をコントロールできる尚哉だったが、千穂の魅力の前では無力だった。
 尚哉は千穂の背中に覆い被さり、乳房を鷲掴みにしながら獣のように腰を振った。


        1

 渋谷区道玄坂。
 ポニーテールにした髪、ハーフに間違われ続けてきた彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳――冴木徹(さえきとおる)は、鎖を軋ませながら戻ってくるサンドバッグに左右のワンツーを打ち込んだ。
 瞳の色を変えているのはファッションのためではなく、十年前に有名になり過ぎた顔の印象から遠ざけるためだった。
 カラーコンタクト以外にも、当時より体重を筋肉で二十キロ増やし、セールスポイントだった白い美肌を焼いた。
 昔の自分を知っている人間と擦れ違っても、気づかれないほどに冴木の印象は変わった。
 左のロー、ミドル、ハイキックの三連打――ジムに、重々しい衝撃音が響き渡った。
 くの字に折れるサンドバッグに、今度は宙を切り裂きながら左右の肘を連打した。
 キックのときとは違う、鋭い衝撃音が鼓膜に突き刺さる。
 極限まで脂肪が削ぎ落とされた上半身......筋肉の鎧に覆われた褐色の肌は、汗に光っていた。
「まだやってたんですか? そろそろ依頼人がきますよ」
 ブリーチした銀髪坊主にスカイブルーのスーツ――買い出しから戻ってきた光(ひかる)が、呆れた顔で冴木に言った。
 冴木は左右のパンチを高速で打ち込み、最後にバックハンドブローで締めるとリングに駆け上がった。
「上がってこい」
 冴木は光を手招きした。
「俺の話を聞いてました? 一時に依頼客がくるから、スパーリングなんてやってる時間は......」
「ばーか。誰がスパーなんかするって言った? 昼飯だ」
 冴木は光を遮り、オープンフィンガーグローブを外しながら言った。
「もう、紛らわしいな」
 光がブツブツ言いながら、リングに上がってきた。
「全部買えたか?」
 冴木は光からレジ袋を受け取り、中身をリングに空けた。
 ヒレ肉が三百グラム、バナナが一房、卵が六個、ミネラルウォーターの一リットルのペットボトルが一本......冴木は、ミネラルウォーターをペットボトルごと三分の一ほどラッパ飲みした。
「一番高いやつだろうな?」
 冴木は包みから取り出したヒレ肉を鷲掴みにし、光に訊ねた。
「はい、三百グラムで一万二千円のやつです。それより、その食生活やめたほうがいいですよ。食中毒になったら、どうするんですか?」
 光がマグカップを差し出しつつ、苦言を呈してきた。
「ライオンやトラが、食当たりでくたばってるか?」
 冴木は一笑に付し、ヒレ肉の塊にかぶりついた。
「うえ~。何度見ても生理的に受けつけませんよ。それに、ライオンやトラとは体の作りが違うんですから」
 光が未成年と間違われる童顔を顰めた。
「同じ哺乳類だ」
 冴木はヒレ肉を豪快に食いちぎり、ミネラルウォーターで流し込んだ。
「そういう問題じゃないと思うんですけど......。前から訊きたかったんですが、どうしてそんなにトレーニングするんですか? ジムを居抜きで借りて事務所に使う人なんて、冴木さんだけっすよ。まさか、MMAデビューを目指してるわけじゃないですよね?」
 光が訊ねてきた。
「言わなかったっけ? UFCに出ようと思ってな」
 冴木は涼しい顔で言うと、ヒレ肉の最後の一切れを口に放り込んだ。
「え!? マジっすか!?」
 光が素頓狂な声を上げた。
「嘘に決まってんだろうが。なんでもかんでも信じる性格直さねえと、港区女に金吸い取られるぞ」
 冴木はバナナを三本立て続けに食べると、マグカップに落とした六つの生卵を一息に飲んだ。
 トレーニング後の三十分が、筋肉肥大のゴールデンタイムと言われている。
 光の言うとおり、冴木は筋トレ、打撃、総合格闘技のトレーニングを一日に二時間から三時間行っていた。
 仕事の時間がまちまちなので、午前中のときもあれば深夜になるときもある。
 だが、どんなに忙しくても疲れていても、トレーニングは欠かさずやると決めていた。
 空いている時間にいつでもトレーニングができるように、潰れたジムを居抜きで借りて事務所にしたのだった。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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