モンスターシューター第47回

 込み上げる怒り......。
「死ぬ気なら......最期まで憎まれ役を演じろや!」
 揺れている自分にたいしての憤りを、赤尾にぶつけた。
「私は命乞いしているわけではない。いままでのように君を挑発して、怜を危険な目にあわせたくないだけだ。だから、躊躇う必要はない。君の十一年の誓いを果たしなさい」
 赤尾が冴木を見据える瞳は、絶望的なほどに澄んでいた。
「てめえを殺せねえと思ったら、大間違いだ。ここで躊躇ったら、葉月に顔向けできねえ......」
 冴木は引き金にかけた指に力を込めた。
「怜、こんな父さんで悪かった......」
 赤尾がゆっくりと眼を閉じた。
「やめてーっ!」
 杏樹の叫びを打ち消すように、冴木は引き金を引いた。
「おいっ......」
 目の前を過(よぎ)る人影――指を止めようとしたが間に合わなかった。
 赤尾を庇うように両手を広げて立ちはだかる怜の、腹部は赤く染まっていた。
 怜が、スローモーションのように腰からくずおれた。
「怜っ!」
 異変を察した赤尾が、怜を抱き起こした。
「どうして......どうしてこんなことを......」
 赤尾が怜の腹部から溢れる血を必死に掌で押さえながら、涙声で語りかけた。
「私のせいで......パパは......人間を......やめたから......恩返しを......したかったの......」
 切れ切れの声で、怜が言った。
「なにを言っているんだ。お前は父さんの宝物だ。お前のせいだなんて、思うわけないだろう?」
 赤尾の瞳から溢れた涙が、怜の頬に落ちて弾けた。
「ありが......とう......。私の......復讐を......しようと......思わないで......もう......終わりにしよう......」
 怜が咳き込み、赤い飛沫が散った。
「怜っ! 喋らなくていいから......」
 赤尾が嗚咽を漏らしつつ、怜の口元の血を拭った。
「これからは......人として......生きて......。失った......パパの人生を......取り戻して......」
 ふたたび、怜が吐血した。
 一度目より大量の血だった。
「怜っ、怜っ、怜っ!」
「次も......パパの子で......生まれて......きた......い......」
 怜の瞼が落ち、首から力が抜けた。
「怜? 怜? 怜......」
 赤尾の顔が凍(い)てついた。
「眼を開けてくれ......頼む......お願いだ......怜......怜ぃーっ!」
 赤尾の叫喚が、冴木の胸を掻き毟った。
 冴木は、呆然と立ち尽くしていた。
 頭の中が真っ白に染まり、思考が停止した。
 赤尾の叫喚が鼓膜からフェードアウトした。
 杏樹と光もなにかを叫んでいた。
 聞こえない......なにも聞こえない。
 赤尾がふらふらと立ち上がり、冴木に歩み寄ってきた。
 光と尚哉が制止しようと赤尾の前に立ちはだかった。
「下がってろ......」
 冴木は、掠れた声で命じた。
「でも......」
「いいから、下がれ!」
 光を、冴木の怒声が遮った。
 二人が、躊躇いながら赤尾に道を開けた。
 涙で頬を濡らした赤尾は、冴木の二、三メートル前で足を止めた。
 赤尾は十字架にかけられたイエス・キリストのように、両手を広げた。
「怜を犠牲にして、自分だけ生きながらえようとは思わない」
 赤尾は言うと、静かに眼を閉じた。
 冴木の拳銃を持つ手が震えた......心が震えた。
「さあ、撃ちなさい。終わらせてくれ、この悪夢を......」
 赤尾が震える声で冴木を促した。
 冴木は拳銃を持つ腕を上げ、赤尾の額に銃口を向けた。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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