モンスターシューター第26回

『彼だけスーツじゃなくて、戦う気満々のお洋服でしょ? 彼はね~、ヤバイよ~。彼はね~、三年前までの四年間、アフガニスタン紛争でアフガニスタン・イスラム共和国新政府の傭兵として、タリバーンやアルカイーダと戦っていたんだから~。人なんて百人以上殺してるから、おならするみたいに女の子の頸動脈を切っちゃうよ~』
「てめえっ、どこまで汚ねえまねすりゃ気が済むんだ!」
 冴木はスマートフォンに怒声を浴びせた。
『北斗ちゃんが悪いんだよ~。近江ちゃんを使って寝た子を起こすようなまねをするからぁ~。もう、北斗ちゃんのことも燃やした妹ちゃんのこともすっかり忘れてたのに~』
 赤尾の言葉に、冴木の全身の血液が煮え滾(たぎ)った。
「てめえだけは地獄に......」
『ごめん、北斗ちゃんをからかってると面白いけど、僕も暇じゃないからさ~。ここからの進行は、北斗ちゃんと同業のトラブルシューターの怜(れい)ちゃんに任せるから~。僕の邪魔する困ったちゃん達をお掃除してくれる優秀な部下ちゃんだよ~。いままでの雑魚と一緒にしたら、痛い目にあっちゃうんだから~。北斗ちゃんを取り囲んでる精鋭部隊も、怜ちゃんの直属の部下ちゃんだからさぁ~。んじゃ、バイバ~イ!』
 赤尾が一方的に電話を切るのと入れ替わるように、館内の特大プロジェクタースクリーンが作動した。
『はじめまして。「極東芸音協会」の警備部部長の怜です』
 スキンヘッドに切れ長の眼、細く高い鼻梁に鋭角な顎のライン――プロジェクタースクリーンに映し出された女性に、冴木は驚きを隠せなかった。
 赤尾の信頼するトラブルシューターは、てっきり男だと思っていた。
 まだ若い。杏樹よりは上だろうが、三十にはなっていないようだった。
「女を痛めつける趣味はねえ。おとなしく杏樹を解放しろ!」
 冴木は、プロジェクタースクリーン越しに怜を睨みつけた。
『私があなたと戦うわけではないので、ご心配には及びません。ただ、ウチの社員は全員格闘技経験者なので相手に不足はないと思います』
 怜の言葉が合図とでもいうように、五人の黒スーツの男達がリングを取り囲んだ。
 冴木は思考を巡らせた。
 この女の武器は?
「極東芸音協会」の警備部の部長と言えば、いままでのターゲットの中で一番赤尾に近い人物だ。
 なんの理由もなしに、赤尾が怜を要職に就けるはずがない。
 しかも、女だてらに荒事を受け持つ部署のボスだ。
 怜は赤尾の居場所を知っている可能性が高い。
 怜まで辿り着くことができたなら......。
「こいつらと戦えってか?」
 冴木は訊ねた。
『先生から、ウチの社員を六人倒したら杏樹さんを返してもいいと言われています』
 怜が抑揚のない口調で言った。
「なにが先生だっ。人の命をゲーム扱いするとは、赤尾ってジジイは相変わらずのゲス野郎だな」
 冴木は吐き捨てた。
『その気になれば、先生は杏樹さんを殺せました。あなたにチャンスを与えてくださったんです。しかも、六人は一人ずつ戦いますから』
 怜が眉一つ動かさずに言った。
 冴木は、怜のガラス玉の瞳にカルト教団に洗脳された信者の瞳を重ねた。
「なーにがチャンスだ。姿を見せねえ臆病ジジイが偉そうに。おい、二階の迷彩服! てめえが一番強えんだろ? もったいぶってねえで、お前が最初から戦えや! それとも、雑魚と戦わせて少しでも弱らせてからじゃねえと、怖くて俺と戦えねえってか?」
 冴木は傭兵男を挑発した。
 雑魚とは思っていない。
 黒スーツの男達が、それぞれかなりの猛者であることは隙のない身のこなしと眼つきでわかる。
 雑魚どころか、一人一人がトップを張れるほどの実力者だ。
 仮に五人を倒せたとしても、傭兵男と戦えるだけの体力は残っていないだろう。  
 結果的に全員を相手にしなければならないにしても、体力があるうちに最強の敵を倒しておきたかった。
『挑発しても無駄です。彼と戦いたければ、まず五人を倒さなければなりません。恐らく、無理だと思いますが』
 怜が淡々とした口調で言った。
 冴木の腹は見透かされていた。
「仕方ねえ。やってやろうじゃねえか。だが、俺が全員を倒したら約束を守るって保証はどこにある? 待機してるハイエナどもが、うじゃうじゃ出てくるんじゃねえだろうな?」
 質問して、怜が本当のことを言うとは思わない。
 時間稼ぎ――リングサイドに待機している五人の黒スーツの男達の戦力を見極めたかった。
 細身で足が細い男はボクサー、ガニ股で耳がカリフラワーの男は柔道家、猫背気味で細く手足が長い男は柔術家、均整の取れた筋肉質で太腿の太い男はキックボクサー......四人のバックボーンにそれぞれ見当をつけた。
 残る一人......小柄な男のバックボーンだけはわからなかった。
『先生は約束を守る方ですから、その点はご安心を。武器を使うのはダメという以外のルールはなしです。決着は相手が戦闘不能になるかギブアップをするまでとします』
 怜が淡々とルール説明をした。
「上等だ。目ん玉抉ろうが金玉潰そうが文句を言うんじゃねえぞ」
 冴木は、押し殺した声で言いながらリング下の黒スーツの男達を順番に睨みつけた。
 脅しではなかった。
 実践的な戦いに自信を持つ五人を相手にするには、急所攻撃は鉄則だ。
 リングの上ではあるが、これは格闘技の試合ではなく果たし合いだ。
 武器を使うのはダメと言いながら、黒スーツ達が懐にナイフや拳銃を呑んでいることも十分にありえた。
「社長! 私のことはいいから、馬鹿なことはやめて! そんな大勢に、勝てるわけないじゃない!」
 杏樹の大声が、ホール内に響き渡った。
「必ず助けてやるから、てめえはおとなしく観戦してろ!」
 冴木は大声を返した。
 こんなときまで強気に振る舞い、自分を気遣う杏樹に胸が震えた。
『それでは、試合を開始します』 
 怜の言葉を合図に、柔道ベースと思しき男がリングインした。
 身長は冴木より数センチ低いが、横幅があり首が丸太のように太かった。
 柔道男が両手を前に出しながら、摺り足で冴木との距離を詰めてきた。
 本来、柔道家を相手にするときには掴まれないように距離を取るのが鉄則だが、冴木は逆に踏み込んだ。
 道着ではなくタンクトップなので、柔道家の戦闘力は半減するという読みだった。
 柔道男が体型に似合わぬ俊敏な動きで、冴木の右手首を掴むと体を反転させて身を沈めた。
 一本背負い――読んでいた。
 道着がない場合、腕を取るのが最善策だ。
 冴木は左手で柔道男の首を絞めた。
 視界が回転した。
 柔道男の前方宙返り――背骨に衝撃、続けて内臓が圧迫された。
 予想外の動きだった。
 八十キロを超える冴木を背負ったまま前宙するなど、物凄い脚力だ。
 だが、柔道男は計算違いをしていた。
 冴木は丸太並みの首に巻きつけた左腕を解くどころか、右手でロックしてさらに絞め上げた。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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