モンスターシューター第25回
6
渋谷のスクランブル交差点――「109」の建物側から、冴木はスマートフォンを取り出し、着信履歴の番号をリダイヤルした。
呼び出し音を聞きながら、周囲に視線を巡らせた。
怪しい人間は見当たらない......いたとしても、眼につくような行動をするはずがない。
『スクランブル交差点についた~?』
受話口から、赤尾の癇に障るハイトーンボイスが流れてきた。
「どこに行けばいい?」
『宮益坂(みやますざか)の真ん中にある郵便局にきて~』
「だったら、最初から宮益坂に......」
『んじゃ、また電話してね~』
冴木の言葉を遮り言うと、赤尾が電話を切った。
「くそっ」
冴木は焦燥感に背を押されるようにダッシュし、スクランブル交差点の人込みをかき分けながら走った。
無事でいてくれ......。
心で願いつつ、宮益坂を駆け上がった。
冴木は郵便局の前で立ち止まり、久慈の携帯番号をリダイヤルした。
『もう一度スクランブル交差点に戻って、「109」前から電話ちょうだい~』
赤尾は一方的に告げると電話を切った。
「てめえっ、いい加減に......」
冴木は怒声を呑み込んだ。
どこかに見張りを潜ませ、冴木が一人で動いているのかを確認しているに違いない。
その後、「109」、「西武百貨店」、「ヒカリエ」と移動させられ冴木は、タクシーを拾い新宿三丁目に向かうように指示された。
冴木は、「伊勢丹 新宿店」が見えたところで電話をかけた。
「新宿三丁目に入ったぞ。俺は一人だ。いつまでも警戒してねえで、目的地を言えや!」
呼び出し音が途切れるなり、冴木は送話口に怒声を浴びせた。
『もう、北斗ちゃんったら、生理中みたいにカリカリしないでよ~。「ファーストマート
新宿三丁目駅前店」で降りてくれる? これが最後だからよろしくね~』
相変わらず人を食ったような口調で言うと、赤尾が電話を切った。
「運転手さん、そこのファーストマートで停めてくれ。釣りはいらねえ」
冴木は五千円札をトレイに置き、タクシーを降りた。
待ち構えていたように、黒いアルファードが冴木の目の前に停まった。
助手席のドアが開き、黒いスーツを着た若い男が歩み寄ってきた。
百七十センチほどの細身の男だが、全身から隠し切れない危険なオーラを発していた。
「冴木さんですね?」
「赤尾の使いか?」
「ご案内致します」
男は頷き、冴木をアルファードに促した。
「目的地に到着するまでご協力お願いします」
セカンドシートに座っていた別の黒スーツ姿の男が、アイマスクを宙に掲げた。
ドライバーズシートに座る男を含めた三人は、素人ではない。
かといって、格闘家ではない。
みな、三十歳には達していないように見えた。
三人からは、ルールのない戦いを得意としている殺伐としたオーラを感じた。
なにより、人を殺した者特有の温度のない瞳をしていた。
「杏樹は無事なんだろうな?」
冴木は押し殺した声で訊ねた。
「言う通りにしてもらえれば」
アイマスクを掲げたままの男が無表情に言った。
「早くしろ」
冴木が言うと、視界が闇に覆われた。
☆
車が停車した。
信号待ちではないようだ。
「到着しました」
男の声がした。
車に乗っていたのは、体感的に三十分ほどだった。
スライドドアの開く音がした。
背中を押された。
冴木はステップを足で探りながら、慎重に車外に出た。
靴音の響きで、室内に入ったのがわかった。
汗とワセリン......馴染みのある匂いが鼻孔に忍び入った。
かなりの距離を歩いた。
「止まってください」
冴木が立ち止まると、ほどなくしてアイマスクを外された。
ライトの眩しさに、冴木は眼を閉じた。
ゆっくりと、眼を開けた。
冴木は息を呑んだ。
スポットライトに浮かび上がるリング......「文京(ぶんきょう)ホール」に違いない。
客席は暗くて、まったく見えない。
スマートフォンが震えた。
『北斗ちゃ~ん、リングに上がってくんな~い?』
受話口から、赤尾の声が流れてきた。
「てめえっ、杏樹はどこだ!?」
『教えるからさぁ~、とりあえずはリングに上がってちょ~だい』
冴木はリングに駆け上がった。
『やっぱり、スターはスポットライトが似合うね~』
赤尾の言葉に、冴木は首を周囲に巡らせた。
『僕はそこにいないから探しても無駄だよ~ん。遠隔カメラで君を監視してるからね~ん』
「ふざけたことばかりしてねえで、いい加減に杏樹を......」
冴木の言葉を遮るように、二階席をライトが照らした。
二階席の最前列――ロープに縛られた杏樹が座っていた。
「杏樹っ、大丈夫か!?」
「どうしてきたのよ!」
「そんなもん、あたりまえだろうが! いま助けるから待ってろ!」
「私のことは気にしないで!」
「馬鹿野郎っ! そんなことできるか!」
『いいねいいねいいね~! 僕、感動して泣いちゃうよ~。ウエ~ン! ウエ~ン!』
赤尾が、おちょくるように嘘泣きした。
「てめえをぶっ殺すのは後回しだ!」
冴木はダッシュした。
『ストーップ! ストーップ! ストーップ!』
受話器から漏れる赤尾の叫びに、冴木は足を止めた。
『誰が動いていいって言った? 女の子のそばにいる部下ちゃんの手を見てごら~ん?』
赤尾の言葉に促され、視線を杏樹の横に立つ黒の迷彩服を着た男に移した。
男の右手には、サバイバルナイフが握られていた。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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