モンスターシューター第24回
☆
MSTの二十メートル手前で、冴木はバンを止めた。
まだ襲撃犯が残っている可能性があるからだ。
冴木はスタンガンを手にバンを降りると、事務所に全力疾走した。
半開きのドアを蹴りつけ、冴木は事務所に踏み込んだ。
息を呑んだ。
床に仰向けに倒れる光。
「おいっ、大丈夫か!?」
冴木は光のもとに駆け寄り、声をかけた。
脳に血腫ができていたら危険なので、体を動かすことはしなかった。
赤紫に腫れ上がった両瞼、捻じ曲がった鼻、欠けた前歯で切れた唇......。
冴木は、素早く光の全身に視線を這わせた。
刃傷の跡はなかった。
だが、安堵はできない。
顔の腫れ具合からすると、脳や内臓を損傷している恐れもあった。
「すみませ......ん。僕が......ついていながら......」
光が腫れ上がった瞼を薄く開き、切れ切れの声で詫びた。
「そんなことより、状況を説明しろ」
「冴木さんが出て行って......一時間くらいして......四、五人の男達が......乗り込んできて......」
冴木はスマートフォンのデジタル時計を見た。
杏樹が連れ去られて二時間......。
闇バイト系の強盗?
違う。だとすれば金品が目的で、杏樹をさらうはずがない。
ならば、過去のターゲットの復讐?
違う。任務のときは素性を隠しているので、ターゲットにMSTの事務所がバレるはずはない。
ただし、例外がある。
例外――依頼人が漏らしたとき。
スマートフォンが震えた。
ディスプレイに表示される名前......久慈。
冴木は胸騒ぎに襲われた。
「どうした?」
電話に出るなり、冴木は訊ねた。
『社長、すみません......』
受話口から流れてくる久慈の強張り震える声が、冴木の胸騒ぎに拍車をかけた。
「なんで謝る?」
『MSTのこと......全部話しちゃいました......。本当に、すみません!』
久慈が涙声で絶叫した。
「は!? 誰に話した......」
『ハロハロォ~。北斗ちゃん、久しぶりぃ~』
聞き覚えのある独特のイントネーションに、冴木の全身に鳥肌が立った。
「てめえ......」
状況が理解できずに、返す言葉が続かなかった。
『あっ、いけない、いまは冴木ちゃんだったね~』
おちょくるように、赤尾が言った。
「久慈か?」
冴木は押し殺した声で訊ねた。
ようやく、事態が呑み込めてきた。
『ピンポ~ン! 北斗ちゃんが調子に乗って近江で悪ふざけするから、ピーンときちゃったんだよね~。あ! 千穂ちゃんの事務所の社長がなんか知ってるんじゃないかな~ってさ。それで、僕の精鋭部隊にさらわせて二、三発殴ったら、すぐにゲロったんだよね~。用済みだから、このあと殺しちゃうけどね~』
赤尾が愉快そうに言った。
津波のように押し寄せる後悔......迂闊だった。
近江から辿れば依頼人の久慈に辿り着く可能性があると、もっと早くに気づくべきだった。
赤尾への復讐心に感情が先走り、視野が狭くなっていた。
恐ろしい現実が、冴木の心を支配した。
「杏樹に指一本でも触れてみろ! 地獄の果てまで追いかけてぶっころしてやるからな!」
冴木は怒声を送話口に送り込んだ。
『怖い怖い怖い~。北斗ちゃん、十一年前よりワイルドアンドビーストになってるぅ~』
赤尾が茶化すように言った。
「ふざけんじゃねえ! 杏樹はどこだ!?」
『心配しないでもさ~、今度は妹ちゃんのときみたいに、へまして焼き殺さないように部下には言ってあるからさ~』
赤尾の言葉に、血液が沸騰したように全身が熱くなった。
「てめえっ......」
『とりあえず、渋谷のスクランブル交差点に移動したら久慈ちゃんのスマホに電話くれる? あ、念のために言っておくけどさ~、もし、警察とかに連絡したらショートカットの女の子を燃やしちゃうからね~。んじゃ、バイバ~イ』
「おいっ、てめえ! 杏樹に代われ......」
受話口から、ツーツーツーというビジートーンが流れてきた。
「くそったれが!」
冴木の怒声が、室内の空気を切り裂いた。
怒声――赤尾に向けたのではなく、自分に向けた言葉だった。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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