モンスターシューター第22回

「あ! 名前が三原北斗になってる!」
 光が大声を張り上げた。
「嘘......」
 杏樹が絶句した。
「な? 嘘じゃねえだろ?」
 冴木は免許証を財布に戻しながら言った。
「まだ信じられないけど......信じたとして、どうしてわざわざイケメン俳優から野蛮な男になるのよ?」
 杏樹が冴木の顔をまじまじとみつめた。
「お前、冴木さんに失礼だろ。でも、僕も、なぜ冴木さんが人気絶頂の俳優をやめて、いまの仕事をやってるのか疑問っす」
 光が杏樹を窘(たしな)め、冴木に顔を向けた。
「ここからはマジな話だ。嘘とか言いやがったらぶっ殺すぞ」
 冴木は背凭れに身を預け、眼を閉じた。
「真面目な話をするなら、真剣に聞くわよ。なによ?」
 杏樹が、珍しく神妙な顔で促した。
「俺には妹がいた」
 冴木は眼を閉じたまま切り出した。
 続けて、極東芸音協会系列の事務所への移籍を赤尾に強要されていたこと、冴木が拒否したことにより妹の葉月が拉致監禁されたこと、葉月が焼き殺されたこと......冴木は他人事のように淡々と語った。
 他人事として語らなければ、理性を保てる自信がなかった。
「そんな......」
 光が蒼白な顔で絶句した。
 杏樹は無言で、大粒の涙を流していた。
「三原北斗は妹とともに死んだ。生まれ変わった冴木徹は、妹の仇を討つためにだけ存在している」
 冴木は、暗鬱な声で言った。
「見かけを変えたのは赤尾にバレないため、体を鍛えてるのは復讐のためだったんですね」
 光が震える声で言った。
「お前らに話したのは、今後の任務に危険が伴う可能性があるからだ。俺がターゲットにしてるのは、目的のために妹を殺すような男だ。それに、これは俺の問題だから、お前らが危険な橋を渡る必要はねえ」
 冴木は眼を開け、二人を見据えた。
「馬鹿にしないで。私達が、その危険な橋ってやつを社長一人に渡らせると思ってるわけ?」
 杏樹が冴木を睨みつけてきた。
「そうっすよ! 俺らは冴木さんに救ってもらいました。今度は、俺らが恩を返す番ですよ!」
 光が鼻息荒く言った。
 冴木の胸に熱いものが広がった。
 すぐに気持ちを切り替えた。
 甘さは命取りにしかならない......甘さが葉月を殺した。
 情では悪魔を倒せない......情が葉月を殺した。
 甘さを捨てた、情を捨てた......心を捨てて、怪物になった。
「ドラマじゃねえんだよ。これは相談じゃねえ。命令だ。はっきり言って、足手纏いなんだよ。退職金はたっぷり払ってやるから、新しい職を探せ」
 冴木は突き放した。
 正直、二人がいたほうが助かる。
 だが、守るものがあればリスクも高くなる。
「ドラマ気分でいるのは、社長でしょう! なに一人で主人公やってんのよ! あのね、もうとっくに私達は巻き込まれてるの! 社長に同情して仕方なくとかじゃなく、私の意思で戦うって言ってるのよ!」
 杏樹が物凄い剣幕で言った。
「俺も同じ気持ちっすよ! クビになっても出勤しますから!」
 光が決意を固めた瞳で冴木を見据えた。
 ふたたび、絆(ほだ)されそうになる気持ち――堪えた。
 葉月の悲劇を繰り返すわけにはいかない。
「だめなもんはだめだ」
 冴木は腰を上げた。
「退職金は今週中に振り込んでおく。俺が昼に戻るまでに出て行けよ」
 冴木は一方的に言い残し、出口に向かった。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
 追いかけてきた杏樹が、両手を広げて冴木の前に立ちはだかった。
「どけ」
「どかないわよ! そんなに勝手な人だったの!? 私達は犬や猫......いいえ、犬や猫だってもっと大切に扱われてるわ!」
「そうっすよ! 俺ら、冴木さんと家族だと思ってますから! お願いします! 俺らを捨てないでください!」
 光も立ちはだかり、涙目で訴えた。
「家族じゃねえよ。お前らは他人だ」
 冴木は冷たく言い捨て、強引に二人をかき分けた。
「妹さんが哀しんでるよ!」
 杏樹の声に、冴木はドアの前で足を止めた。
「なんだと!?」
 冴木は物凄い形相で振り返った。
「そうやって全部自分で背負い込んで一人で突っ走ってさ、妹さんが喜ぶとでも思ってんの!? 妹さんだって、お兄ちゃんのせいだなんて思ってないよ! 一番わかってないのは......」
 冴木は杏樹の口を掌で塞いだ。
「知ったふうなことを言うんじゃねえ。さっさと消えろ」
 冴木は押し殺した声で言うと、外に出た。
 
『そうやって全部自分で背負い込んで一人で突っ走ってさ、妹さんが喜ぶとでも思ってんの!?』

 杏樹の声が冴木の脳内で蘇った。

 自分が、葉月を地獄に落とした......地獄へ行くのは、自分一人で十分だ。

           ☆

 赤坂の「TBS」近くの雑居ビルのエントランス――冴木は三〇三号室の「ウェルカムプロ」のドアの前に立っていた。
 ネットショッピングで仕入れた大手配送会社風のユニフォームとキャップを被り、脇には中身が空の段ボール箱を抱えていた。
 ウェルカムプロは、赤尾の息のかかったプロダクションであり、国民的女優の浅木千穂のセックス動画をネタに脅して移籍させようとした芸能事務所だ。
 待つ段階は終わった。
 赤尾の尻尾が見えた以上、冴木は積極的に仕掛けるつもりだった。
「真相出版」の近江の無様な姿をSNSで晒し、赤尾に宣戦布告をした。
 次はもう一本の腕をもぎ取り、赤尾を引き摺り出したかった。
 雑魚を二匹潰されたところで、赤尾が姿を現すとは思えない。
 二匹でだめなら三匹、四匹と潰し、赤尾が出てこざるを得ない状況を作るしかない。
「『ハヤブサ急便』です! お荷物を届けに参りました!」
 冴木はインターホンを押し、スピーカーに告げた。
 芸能プロダクションはファンや関係者からの贈り物が多いので、日に何度も配送業者が訪れることも珍しくなかった。
『お待ちください』
 女性の声がして、ほどなくするとドアが開いた。
「松本様にお荷物が届いてます。松本様はいらっしゃいますか?」
 冴木は言いながら、事務所に視線を巡らせた。
 松本の容姿は、ホームページで頭に刻んでいた。
 視界には、松本の姿は見当たらなかった。
「はい。いますけど、私が受け取っておきます」
 応対に出た茶髪の女性スタッフが言った。
「申し訳ありません。送り主様のご要望で、ご本人に直接渡すように言われております」
「あ、そうですか......。少々、お待ちください」
 女性スタッフが踵(きびす)を返し、フロアの奥へと消えた。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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