モンスターシューター第20回

『葉月ぃ! 大丈夫かぁ! 葉月ぃ! いやぁ~、感動的だね~。でも、ライブ映像だから、北斗ちゃんの声は聞こえないよ~ん。顔はいいけど、頭は悪いんだね~ん』
 赤尾が北斗の物まねをしながら嘲った。
『葉月をどうする気だ! どうしてこんなことをする!?』
 北斗は送話口に怒声を送り込んだ。
『妹ちゃんをどうするかは、北斗ちゃん次第だよ~。僕のささやかなお願いを聞いてくれたらさぁ~、北斗ちゃんも北斗ちゃんの大切な人も、助かっちゃうんだけどなぁ~』
『「極東プロダクション」に所属しないから、葉月にこんなことをしたのか!?』
『ピンポ~ン! じゃあ、妹ちゃんからも、お兄ちゃんに頼んでもらおうかな~っと。ちょっと待ってね~。いま、別の電話で妹ちゃんに頼むから。ハロハロぉ~。仮面君、妹ちゃんのお耳にスマホを当ててくれる?』
 電話越しに赤尾が言うと、仮面男がスマートフォンを葉月の耳に近づけた。
『ハロハロぉ~、妹ちゃん? いまさぁ~、お兄ちゃんがこのライブ映像を観てるからさぁ~、「極東プロダクション」に所属してくれるようにお願いしてくれる?』
『お兄ちゃんを脅すために、私にこんなことしたんですか!?』
 葉月がスマートフォンに顔を向け、厳しい口調で言った。
『葉月っ、やめろ! 刺激するんじゃない!』
 北斗はディスプレイに向かって叫んだ。
 葉月には届かないとわかっていても、黙ってはいられなかった。
『ああ、そうだよ~ん。だから、お兄ちゃまにお願いしてくれる?』
『それはお兄ちゃんが決めることで、私がお願いするようなことじゃありません!』
 葉月がきっぱりと言った。
 北斗より三つ下の十九歳の葉月は、小学生の頃から美少女として有名で、噂を聞きつけた芸能プロダクションのスカウトマンが家を訪れたのは一度や二度ではなかった。
 葉月は芸能界にはまったく興味を示さず、得意の英語力を活かして通訳になるために外国語専門学校に通っていた。
 昔から葉月はしっかりとした自分の意思を持ち、長い物に巻かれず、相手が誰であれ間違っていることや筋が違うことを、はっきり指摘できる女性だった。
 その性格が、いまは心配だった。
『あらあらあらあらあらら~。千年に一人のアイドルみたいにきゃわゆい顔して、鼻っ柱が強いんだね~。別に、いいもんね~。妹ちゃんが頼まなくても、お兄ちゃまがウチに所属したくなる気分にさせてあげるからさぁ~。仮面君、プランAいっちゃって~』
 赤尾が命じると、仮面男が上着の内ポケットから取り出したライターオイルの缶を葉月の頭上で逆さにした。
『な、なにをする気だ......やめろー!』
 北斗の叫びを嘲笑うように、オイルが葉月の全身を濡らした。
 仮面男がブリキのライターに火をつけ、葉月の頭上に掲げた。
『さあさあさあ、北斗ちゃん、どうする~? ウチに所属する? それとも断る? どっちを選ぶかは北斗ちゃんの自由だけどさ~、断ったら妹ちゃんの丸焼きを見ることになるけどね~』
 赤尾の人を食ったような恫喝に、北斗の全身から血の気が引いた。
『お兄ちゃん! こんなの脅しよ! 私は大丈夫だから......お願いだから、絶対に脅しに負けないで!』
 ディスプレイ越し――葉月が強い光を宿した眼で懇願してきた。
『あらあらあらあらららら~。どこまでも気の強い女の子だね~。北斗ちゃんどうする? 妹ちゃんの言うこと信じて断る? 僕の言うこと信じて所属する?』
『こんなことして、警察が黙ってると思ってるのか!? あんた、人殺しになるんだぞ!?』
 脅しに決まっている......北斗は自らに言い聞かせた。
 目的のためには手段を選ばない赤尾と言えども、北斗を所属させるために葉月を殺すとは思えない。
『ドッキリでしたぁ~!』
 突然、赤尾が大声で言った。
『え?』
『だ~か~ら~、ドッキリだって。北斗ちゃんを所属させるのに、人殺しなんて割の合わないことをするわけないじゃな~い』
 赤尾の言葉に、北斗は胸を撫で下ろした。
『北斗ちゃんをウチに所属する気にさせるだけなら、殺さなくてもレイプで十分だからね~。最初から、そのつもりだったんだ~!』
 赤尾が、クスクス笑いながら嬉しそうに言った。
『なっ......』
『仮面君! プランB! 妹ちゃんを北斗ちゃんの前で犯しちゃって~!』
『やめろ! 葉月に手を出す......』
 北斗は言葉の続きを呑み込んだ。
 仮面男がライターオイルで濡れた床に足を滑らせた弾みに、ライターを手放した。
 一瞬で、葉月が炎に包まれた。
『葉月! 葉月! 葉月! おいっ、なにをやってる! 早く消せ! 火を消せー!』
 北斗は立ち上がり、スマートフォンに向かって絶叫した。
 燃え盛る炎の中......葉月が北斗をみつめていた。
 絶対に負けないで......。
 葉月の声が聞こえたような気がした。
『あ~あ~あ~、なにやってんのよ~。僕はレイプしろって言ったんだよぉ。大事な人質の妹ちゃんが、燃えちゃったじゃ~ん。これじゃ、北斗ちゃんに言うこと聞かせられないよ~』
 赤尾の声が、鼓膜から遠のいてゆく、遠のいてゆく、遠のいてゆく......。
『葉月ーっ!』

「葉月......」
 冴木は眼を開けた。
 額にびっしりと脂汗が浮かんでいた。
「お兄ちゃんが躊躇ったせいで......ごめん......」
 震える唇から、震える声が割って出た。
 十年以上通い続けて、やっと言えた言葉......後悔してもしきれない過ち。
 もっと早くに、赤尾に従っていれば......。
 涙に滲む聖マリア像の慈愛に満ちた瞳......炎に包まれながら、叫ぶことも暴れることもなく、まっすぐに北斗をみつめていた葉月の瞳と同じだった。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー