モンスターシューター第19回
『どうして、父を騙って電話をかけてくるんですか?』
『だって、そうしなきゃ北斗ちゃんが電話に出てくれないじゃ~ん』
『所属の件なら、断ったはずです』
北斗は、にべもなく言った。
『北斗ちゃんの事務所、なくなっちゃったじゃ~ん。いまはフリーでしょう?』
一ヶ月前、北斗が所属していた「フレンズカンパニー」は倒産した。
「フレンズカンパニー」は所属タレントが四人しかいない小さなプロダクションだが、北斗のギャラだけで年間三億円以上は得ているので、経営状態は良好のはずだった。
社長の小峰(こみね)が十億円の借金を残して失踪したと聞いたときは、俄かには信じられなかった。
『もう、所属するところは決めてますから』
嘘ではなかった。
北斗がフリーになってから、十社を超える芸能プロダクションから所属の誘いがあった。
その中には、「極東芸音協会」会長の赤尾豊斎が経営する「極東プロダクション」も入っていた。
北斗は知り合いのテレビ局のプロデューサー数人に、どこの誘いに応じたらいいかを相談した。
その結果、一番名前が多く出た「アースプロ」という役者専門の老舗のプロダクションに所属する意思を固めた。
プロデューサー達の助言で決め手となったのは、プロダクションの方針が利益至上主義ではなくタレントファーストという点だった。
反対に口を揃えてやめたほうがいいとアドバイスを受けたのは、「極東プロダクション」だった。
所属タレントは消耗品であり、稼げるうちに仕事を詰め込むという「アースプロ」とは真逆の経営方針が理由だった。
『え~! どこどこどこぉ!? 教えて教えて教えてぇ!?』
『まだ正式契約前なので、それは言えません』
「アースプロ」の名前を出してしまうと、赤尾から妨害が入ることを危惧したのだ。
競合相手のタレントを札束攻勢で引き抜く、引き抜きに応じないタレントは「極東芸音協会」会長の威を振るいテレビ局に使わないように圧力をかける、所属プロダクションのほかのタレントまでキャスティングしないようにプロデューサーに要求する......赤尾の傍若無人な振る舞いに陰口を叩くことはできても、面と向かって非難することができる業界関係者はいなかった。
『正式契約しちゃってからじゃ、遅いんだよね~。それにさぁ、北斗ちゃんが所属しようと決めているプロダクションの社長って、僕が声をかけてるの知ってるわけ? 知ってたら、考えちゃうと思うよぉ~』
『妨害とかしないでください。場合によっては、警察に相談しなければならなくなります』
北斗は牽制した。
赤尾のような相手は、弱味を見せたらどこまでも執拗に食い下がってくる。
『警察? そっかぁ~、そうきたかぁ~。話変わるけどさ、北斗ちゃんのマネージャーにスマホを借りてさ、誰もいないところに移動してくれる?』
『え? どうして、そんなことしなきゃならないんですか? いま、撮影中なんですよ。だから、もう切ります......』
『僕の送る動画を見ないと後悔しちゃうよ~。妹ちゃんが、北斗ちゃんに言いたいことがあるみたい!』
赤尾が弾む声で言った。
『葉月が!? 葉月がどうして、あなたのところにいるんですか!?』
『僕のところじゃなくて、僕の子分のところにいるんだよ~』
『だから、どうしてそんなところに葉月がいる......まさか......葉月になにをした!?』
不吉な予感が、北斗の胸の内で広がった。
『それを知りたかったらさぁ、早くマネージャーにスマホを借りてメルアド教えてよ。妹ちゃんとお話させてあげるからさ~』
北斗の腕に鳥肌が立った。
すべてを悟った。
赤尾の恐ろしい狙いを......。
『すみません。スマホを貸してもらえませんか?』
北斗は、少し離れた位置から様子を窺っているマネージャーに言った。
『え? いま、かけてるじゃないか?』
『電話をかけながら検索したいことがあるので』
『お父様、なにかあったのか?』
マネージャーが心配そうに訊ねながら、スマートフォンを差し出してきた。
『なんか、ネット通販でほしいものがあるみたいで。すぐに返しますから』
北斗はスマートフォンを受け取り、ロケバスに戻った。
幸いなことに、昼食を買いに行ってるらしく運転手は不在だった。
北斗は無人のロケバスに乗り込むと、最奥の席に座った。
『スマホを借りてきた。どうすればいいんだ!?』
『メルアド教えてよ。妹ちゃんと会わせてあげるからさ~』
北斗はマネージャーのメールアドレスを赤尾に伝えた。
『ジャストアモ~メ~ント! いま、大切な妹ちゃんに会わせてあげるからね~』
赤尾の人を小馬鹿にしたような声が、北斗の耳を素通りした。
マネージャーのスマートフォンの通知音が鳴った。
『URLを送ったから~、タップしてみて~』
北斗は、震える指先でURLをタップした。
ほどなくして、ディスプレイがライブ映像に切り替わった。
『なっ......』
椅子に縛りつけられた葉月の姿に、北斗は絶句した。
葉月の背後には、聖マリア像とステンドグラスが映っていた。
葉月の横には、黒スーツに黒い仮面をつけた男が立っていた。
『葉月! 大丈夫か! 葉月!』
北斗はディスプレイ越しの葉月に向かって叫んだ。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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