モンスターシューター第17回
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「あー! やっと終わった! あー大変だった! あー完徹は残業手当弾んで貰わなきゃ!」
杏樹のあてつけがましい大声に、冴木はサンドバッグを打つ手を止めた。
「お疲れ様! さすが杏樹ちゃん、こういうハイテクなIT作業は頼れるね~。君がいなきゃMSTは回らないよ」
デスクで依頼メールをチェックしていた光が杏樹のデスクに駆け寄り、大袈裟に持ち上げた。
「ハイテクなIT作業って、大袈裟ね。アカウント乗っ取るくらい、中学生でもできるわよ。ま、でも、私がいなきゃ回らないっていうのは当たってるけどさ。ほら」
杏樹が背凭れにふんぞり返り、肩を叩いた。
「おい、まさか、僕に肩を揉めって言ってるのか? 一応、先輩......」
「力加減はよろしいでしょうか~」
冴木は光を押し退け、杏樹の肩を鷲掴みにした。
「痛っ! やめてよ、馬鹿力! 鎖骨が破壊されるでしょ......痛たたた......離してったら......」
「あ~早く、出来上がった作品を見たいな~」
冴木は言いながら、両手に軽く力を入れた。
「痛たたた......わかった、わかったから離して!」
冴木が肩から両手を離すと、杏樹が舌を鳴らしつつパソコンを操作した。
「はい、どーぞ!」
杏樹が不貞腐れたように言いながら、動画の再生アイコンをクリックした。
ディスプレイには、全裸で椅子に縛り付けられた近江が映っていた。
憔悴した表情の近江は、虚ろな瞳でカメラをみつめていた。
【ハロハロぉ~、おひさしぶり~、隠れてないで姿を現したらさぁ~、赤尾ちゃんの大切な子分も、暴露しなくて済んだのにな~】
光のナレーションが流れたところで、動画が静止した。
「やっぱり、このナレーションやめません?」
光が困惑した顔で冴木に訴えた。
「だめだって言ってんだろうが。黒幕の赤尾を引っ張り出すための挑発だからよ」
冴木は、にべもなく言った。
「じゃあせめて、この口調をなんとかしましょうよ。そもそも、こんなふざけた口調にする意味があるんですか?」
光が呆れた表情で訊ねてきた。
「ユーモアだよ、ユーモア。黒幕も、こんなふうに茶化されたら頭にくるだろうが」
冴木は適当な言葉を返した。
『僕のささやかなお願いを聞いてくれたらさぁ~、北斗ちゃんも北斗ちゃんの大切な人も、助かっちゃうんだけどなぁ~』
十一年前にスマートフォンの受話口から流れてきた赤尾の声が、脳裏に蘇った。
「ユーモアって......」
「もう、しつこいよ! それに、ナレーションの撮り直しになったら編集もやり直しになるんだから勘弁してよね!」
「はいはい」
杏樹が一喝すると、光が渋々と納得した。
「あ、そうそう、久しぶりって言ってたけど、社長は赤尾って人と会ったことあるの?」
思い出したように、杏樹が訊ねてきた。
「ない。ノリだ、ノリ」
冴木は質問が続かないように、動画の再生アイコンをクリックした。
【私は、真相出版の代表兼編集長をやっている近江です。この場を借りて、ある方にお詫び申し上げます】
近江は、カメラの横で光が出していたカンペを棒読みしているのだった。
【先方にご迷惑をおかけしますので、実名は伏せさせてください。私は、某国民的女優をある事務所に移籍させるために、彼女とデリバリーホストとのセックス動画をネタに所属プロダクションの社長を脅しました。某女優が利用していたデリバリーホストの店は「真相出版」の子会社であり、以前から情報は掴んでいました。私は某女優とホストのセックスの盗撮を命じました。今回のシナリオを描いたのは、「真相出版」の親会社である「極東芸音協会」の赤尾豊斎会長です。赤尾会長は芸能界の黒幕と言われる実力者で、「極東芸音協会」に加盟していないプロダクションにたいしては、徹底的に圧力を加えます。今回被害にあった某女優の所属プロダクションは「極東芸音協会」に非加盟でした。そこで赤尾会長は、ドル箱タレントの某女優の引き抜きを画策したというわけです。命令を断れずに従ってしまった私が言えた義理ではありませんが、赤尾会長は恐ろしく卑劣な男です】
近江は血の気を失った蒼白な顔で、冴木が考えたシナリオ通りのセリフを口にした。
従わなければ冴木に命を奪われると信じ込んでいる状況で、近江に拒否する術はなかった。
だが、この動画がUPされれば、赤尾は近江を生かしてはおかないだろう。
進むも地獄、退くも地獄――それがわかっているからこそ、近江の顔には生気がないのだ。
冴木は動画を止めた。
「上出来だ」
冴木は応接ソファに移動しながら、杏樹に言った。
「で、残業手当は?」
杏樹が冴木の正面のソファに座り、掌を上にした右手を差し出してきた。
「ほらよ」
冴木はハーフパンツのポケットから取り出した銀紙の包みを杏樹の掌に載せた。
「これは?」
「開けてみろ」
冴木が言うと、杏樹が訝しげな顔で銀紙の包みを開け始めた。
「なんですか? それ」
興味津々の表情で、光が杏樹の隣に座ると銀紙の中身を覗き込んだ。
「いまの杏樹に、一番必要なもんだ」
冴木はニヤニヤしながら言った。
「ん? なにこれ?」
杏樹が、銀紙の中から出てきたビー玉ほどの大きさの黒褐色の塊をしげしげとみつめた。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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