モンスターシューター第15回
☆
「いいか? 少しでもおかしなまねしやがると、てめえを真っ先に感電死させてやるからな」
レコーディングスタジオの玄関――ドアの脇の壁に背中を貼りつけた冴木は、横浜に警告した。
近江に悟られるとまずいので、横浜の手錠は外していた。
冴木の右手には、横浜が変な気を起こさないようにスタンガンが握られていた。
近江はつい十数秒前に、建物に入ったと横浜のスマートフォンに連絡を入れてきた。
すぐに横浜に部屋番号を教えて返信させた。
「そんなこと......しないよ。それより、近江さんを捕まえたら、俺を解放してくれるんだよな?」
横浜が不安げに念押ししてきた。
「ああ。近江が手に入れば、てめえは用済みだ」
冴木は吐き捨てた。
「約束は守って......」
インターホンが、横浜の声を遮った。
冴木は、横浜の強張る顔に頷いてみせた。
横浜がゆっくりとドアを開けた。
「すみません、こんな時間にきてもらって」
「金の匂いがするとこなら、地球の裏側にまで行っちゃうよ」
いい感じに酔っているのだろう、軽口を叩く近江の呂律は怪しかった。
「ところで、ここってレコーディングスタジオじゃないの? 横浜君って、歌物もやってたっけ?」
「立ち話もなんですから、とりあえず中へどうぞ」
横浜が促し、半開きのドアを全開にした。
「へぇ~、本格的な......」
冴木が横浜の後頭部に肘を叩き込むと、近江が弾かれたように振り返った。
「いらっしゃいませ~」
冴木は小馬鹿にしたように言いながら、スタンガンの電極を近江の喉に押し当てた。
「な、なんだ......君は!?」
近江が、薄いオレンジのサングラスの奥の瞳を見開いた。
「あんたをインタビューする霊長類だ。七万ボルトの電流を喰らいたくねえなら、俺の指示に従え。いいな?」
「ふざけるな! 修羅場を潜(くぐ)ってきた私がそんな脅しに......」
冴木はスイッチを押した――電極から放電された青白い火花を浴びた近江の顔面筋が硬直し、背骨を抜かれたように腰砕けになった。
冴木は涎を垂らし硬直している近江を肩に担ぎ上げ、ミキシングフロアに戻った。
「玄関に横浜が転がってるから、運んで繋いでおけ」
冴木は光に命じた。
冴木がレコーディングブースに入ると、尚哉が眼を見開いた。
「し、死んじゃったんですか!?」
「そんなわけねえだろ。気ぃ失っただけだ」
冴木は言いながら、近江を拘束椅子に座らせ手足に革手錠を装着した。
ツイストパーマ、黒のスーツ、黒のワイシャツ、いやらしく整えられた口髭......ブラックジャーナリストのイメージ通り、近江は見るからに怪しげな風貌をしていた。
年は横浜より一回り上に見えた。
冴木は近江の前に屈み、ボストンバッグから取り出したメスで手の甲に切りつけた。
「うわっ......」
尚哉が叫んだ。
近江が呻き、眼を開けた。
「血が!」
手の甲を流れる血に、近江が動転した。
「気つけのかすり傷くらいで、大袈裟に騒ぐんじゃねえ」
冴木は近江の前に置いたパイプ椅子に座った。
「こ、こんなことして......なにが目的だ!?」
近江が革手錠で拘束された手足に視線を向けながら言った。
「横浜んとこのガキがいるんだから、想像つくだろうが」
冴木はマスクを外し、眠気覚ましのガムを口に放り込んだ。
「さあ、私にはわからない」
近江が冷静さを取り戻してシラを切った。
横浜より近江のほうが、肚が据わっているのはすぐにわかった。
赤尾に近いぶん、手強くなってくるということか?
「このガキから始まってお前で三人目だから、ちゃっちゃっちゃっと済ませるぜ。浅木千穂をウェルカムプロに移籍させるっつうのは、赤尾の指示か?」
「さあ、私にはなんのことだか」
近江は表情一つ変えずに惚けた。
「横浜はゲロった。だからお前を捕らえた。無駄に赤尾を守ろうとしてんじゃねえよ」
「だったら、横浜君に訊けばいいだろう」
この状況で開き直れるとは、想像以上に精神力の強い男だ。
だが、どんなに強いロープであっても、切ってしまえば使い物にならなくなる。
「わかった。じゃあ、お前だけにしか答えられない質問をしてやろうじゃねえか」
冴木は右の口角を吊り上げ、近江のサングラスを外した。
「おい、私みたいな下っ端に時間をかけても無駄だ。赤尾会長の名前を出していたようだが、残念ながら私は会ったこともないし、どこに住んでいるのかも知らない」
相変わらずの落ち着いた口調だが、近江の瞳には微かに不安の色が窺えた。
「安心しろ。お前にしかわからねえことを質問してやるからよ」
冴木は近江にアイマスクをかけた。
「なにをする気だ?」
近江が硬い声で訊ねてきた。
冴木はサッカーボールの入ったボールネットを右手に持ち、近江の背後に回った。
「第一問! 浅木千穂のセックス盗撮動画のUSBメモリを保管しているのは? 一、横浜、二、俺、三、お前。レッツ、アンサー!」
冴木は、ふざけた調子で三択問題を出した。
「少なくとも、答えは私ではない」
「ブッブー!」
冴木はボールネットを振り子のように揺らし、サッカーボールを近江の後頭部に軽くぶつけた。
「痛て......」
予想外の衝撃に、近江の頭が前に倒れた。
尚哉が、怪訝そうな顔を冴木に向けた。
サッカーボールで勢いよく殴りつけるならまだしも、風船を割ることもできない程度の強さなのだから、尚哉のリアクションも無理はない。
「アンサーアゲイン!」
冴木は言った。
「だから、私はそんなUSB......あっ......」
冴木はふたたび振り子の要領で、サッカーボールを近江の後頭部にぶつけた。
軽く当てるだけでも、脳みそが振動するので効果は抜群だ。
ボクシングの試合でも、八オンスグローブで殴られるよりも十二オンスグローブで殴られるほうが脳への衝撃が大きく失神KOに繋がりやすい。
だが、冴木の目的は近江を失神させることではなく、意識は保たせつつ脳みそを揺らして不快な振動を継続的に与え続けることだ。
紛争の絶えないイスラエルでは、捕らえたテロリストを椅子に縛りつけて不定期に激しく揺らすという尋問法が流行っているという。
体に傷跡を残さず、対象者の精神を破壊するのに最も適した方法なので軍に採用されているのだ。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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