モンスターシューター第14回
「その前に、最後の一仕事をやってもらう」
冴木は言った。
「一仕事って?」
横浜が不安げな様子で訊ねてきた。
「近江の撒き餌になってもらう」
「近江さんの撒き餌!?」
横浜が素頓狂な声で繰り返した。
「ああ。お前が連絡して、奴が時間と場所を問わずに飛んでくるのはどういうときだ?」
「まさか、俺に呼び出させる気か!?」
横浜の顔が強張った。
この表情の変化で、冴木は二人の力関係を悟った。
「心配いらねえよ。お前と近江が会うのは最後になるはずだ」
冴木は意味深に言った。
ここからは、ブレーキを踏むつもりはなかった。
近江が赤尾の情報を知っていようがいまいが、見せしめのために犠牲になってもらう。
「最後ってどういう......あっ......いで!」
右手に力を込めると、横浜が悲鳴を上げた。
「余計なこと気にしねえで、さっさと質問に答えろや! 奴が時間と場所を問わずに飛んでくるのはどういうときだ?」
冴木は同じ質問を繰り返した。
☆
冴木はスマートフォンのデジタル時計に視線をやった。
午前零時を十分回っていた。
横浜が近江に電話して、まもなく三十分が経とうとしていた。
近江は六本木で飲んでいた。
浅木千穂クラスの特大のネタが入った。
これだけで、十分だった。
他人の不幸や恥部を暴き、晒して大金を稼ぐことを生業にしている近江にとって、なによりも優先すべき理由になる。
「到着まで、あと三十分くらいですね。すぐに、飲みを切り上げられたらの話ですけど」
ミキシングコンソールの前のソファに座った光が言った。
「浅木千穂クラスのネタなんて言われたら、女房が倒れても放置して駆けつけるだろうよ」
冴木はスクワットしながら吐き捨てた。
光の隣では、尚哉がうなだれていた。
うなだれていた......というより、正面のソファに座っている横浜と目が合わないようにしているというほうが正しい。
無理もなかった。
自分の勤める会社の代表を売ってしまったのだから......。
「まだ......ここにいなきゃならないのか?」
横浜が憔悴した顔を冴木に向けた。
「近江を出迎えるまで我慢しろ。それより、万が一にでもおかしなことしやがったら、近江より先にてめえを殺すからな!」
冴木はサングラスをずらし、横浜を睨みつけた。
「お、俺も馬鹿じゃない。自分の身のほうが大切だ」
嘘ではなさそうだった。
そもそも、人を嵌めるような男が命に代えて他人を助けようとするはずがない。
「さて、そろろそろ準備を始めるか。お前、ちょっとこい」
スクワットをやめた冴木は、ボストンバッグを手にすると尚哉を呼んだ。
「え? 僕ですか?」
「てめえ以外に、誰がいるんだよ」
冴木はミキシングフロアからレコーディングブースへと移動した。
レコーディングブースは五坪ほどで、ドアも壁もミキシングフロアより高度な防音仕様になっていた。
「あそこの椅子を、ここに持ってこい」
冴木は、レコーディングブースの隅を指差した。
「これ......なんですか?」
手枷と足枷が装備された椅子を見た尚哉が、訝しげな顔を冴木に向けた。
「通販で買った拘束椅子だ。女と使いてえなら、URL教えてやるぞ」
冴木はからかい口調で言った。
「いや、大丈夫です。それより、これ、なにに使うんですか?」
尚哉が怪訝そうに訊ねながら、拘束椅子を運んできた。
「だから、女を身動き取れねえようにして、あんなこともこんなこともやるための椅子だ」
「いえ、そういうことじゃなくて、こんな椅子がどうしてここにあるんですか?」
「近江に使うに決まってんだろうが」
「え......近江さんは男ですよ!?」
尚哉が素頓狂な声を上げた。
「馬鹿野郎っ、そういう趣味はねえよ。拷問するための椅子だ」
冴木は、尚哉の頭を平手ではたいた。
「拷問......」
尚哉の顔が強張った。
冴木はボストンバッグのファスナーを開け、ボールネットに入ったサッカーボールとアイマスクを取り出した。
「それが、拷問道具ですか?」
尚哉が拍子抜けした顔で訊ねてきた。
「そうだ」
「拷問って、爪を剥がしたり電流流したりするものだと思ってました」
「必要ならやってもいいけどよ、糞小便漏らされたり血を流されたりすると掃除が大変だからな」
冴木は顔を顰めてみせた。
「でも、痛みや苦しみを感じなきゃ、拷問の効果がないんじゃないですか?」
尚哉が素朴な疑問を口にした。
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。生き物には耐性ってもんがある。害虫に農薬がだんだん効かなくなっていくのと同じだ。痛みや苦しみも、回数を重ねるほどに慣れてくる。すぐに口を割るような根性なしには効果的だが、我慢強い奴には逆効果だ」
ボストンバッグの中にはほかに、工具、メス、注射器、瞬間接着剤などが入っていた。
「我慢強い人には、どうするんですか? 痛みや苦しみを我慢できるなら、なにをやっても無駄ですよね?」
尚哉が質問を重ねてきた。
「人間は苦痛には耐えられても、壊れてゆくことには耐えられねえ生き物だ。ま、実践で教えてやるから楽しみに......」
『あと四、五分で着くと、横浜のスマホにLINEが入りました!』
ミキシングフロアにいる光の声が、レコーディングブースに響き渡った。
「おっ、グッドタイミングだな。獲物を連れてくるから、お前はここで待ってろ」
冴木は尚哉に言い残し、レコーディングブースをあとにした。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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