モンスターシューター第13回
「それにしても、長いっすね? 感電死とかじゃないですよね?」
「感電死!?」
尚哉が素頓狂な声を上げた。
「首に数万ボルトの電流を少し流されたくらいで、死ぬわけねえだろう。おい、いい加減に目を覚ませや!」
冴木はペットボトルのミネラルウォーターを、横浜の鼻の穴を狙って浴びせた。
横浜が激しく咽せながら眼を開けた。
「ほら、生きてるだろ?」
冴木はニヤニヤしながら、光と尚哉に言った。
「こ、ここは......?」
横浜が、ぼんやりした顔で視線を巡らせた。
まだ、意識が朦朧としているのだろう。
「お目覚めか?」
冴木は立ち上がり、横浜の前に屈んだ。
光が冴木の背後に立ち、スマートフォンの動画を回し始めた。
「あ、あんた......誰なんだ!?」
上体を起こそうとした横浜だが、両手を手錠で拘束されているので倒れてしまった。
「質問するのは、あんたじゃなく俺だ。早速だが、あいつに浅木千穂とのセックスを盗撮させたのはお前だよな?」
冴木は尚哉を指差しながら、尋問を開始した。
「星っ、お前......いったい、どういうことなんだ!? こいつらは誰......痛っ!」
冴木はグローブのような分厚い右手で、横浜の左の鎖骨をワイシャツ越しに鷲掴みにした。
「質問するのは、俺だと言っただろうが。教えといてやるが、俺の握力は百キロある。リンゴはもちろん、お前の貧弱な鎖骨くらい余裕で破壊できる。左腕がブラブラになりたくねえなら、訊かれたことだけに答えろや」
冴木が言うと、恐怖に強張った顔で横浜が頷いた。
「浅木千穂とのセックスを盗撮するように指示したのは、お前だな?」
冴木は質問を再開した。
「ああ、そうだ......」
「目的は?」
「え......?」
「なにが目的で、そんな動画を撮るように指示した?」
浅木千穂を格安の金で「ウェルカムプロ」に移籍させるため――依頼人から訊いていたが、敢えて訊ねた。
もしかしたら、自分が有利になるように依頼者が嘘を吐いている可能性もあるのだ。
とくに、欲の渦巻く芸能界では、味方だと思っていた人間が敵だったり、善人だと信じていた人間が悪人だったりという話は珍しくもない。
「それは......あぅっ!」
冴木は、言い淀む横浜の鎖骨を握る手に力を込めた。
「次は罅が入るぞ。目的はなんだ?」
「ある事務所に、浅木千穂を移籍させるために弱味が必要だったんだ......」
顔を苦痛に歪めつつ、横浜が言った。
この時点で、依頼者の嘘の線は消えた。
「誰からの指示だ?」
間を置かず、冴木は訊ねた。
ここからが本番だ。
「誰からって......あぎゃっ!」
冴木が二段階握力のギアを上げると、横浜が濁音交じりの悲鳴を上げた。
「痛っ......痛いっ......あああっ......」
冴木が鎖骨を解放すると、横浜がのた打ち回った。
「鎖骨の亀裂が大きくなるから、あんまり動かねえほうがいいぞ」
冴木はソファに腰を戻し、涼しい顔で言った。
「だ、代表!」
「それ以上動けば、お前の鎖骨も壊すぞ」
冴木の言葉に、立ち上がりかけた尚哉が動きを止めた。
「罅くらいで、いつまでも大袈裟に騒ぐんじゃねえよ。もう一度訊く。次に惚(とぼ)けたら、今度は折るぞ。誰に指示された?」
「お......近江代表だ」
額にびっしり脂汗を浮かべながら、横浜が言った。
「近江って、『真相出版』の近江か?」
冴木は持っているカードをチラ見せした。
「なんだ......知ってたのか......」
横浜が喘ぐような声で言った。
「ああ、だから、へたな嘘やごまかしはやめたほうがいい。俺は答え合わせをしてるだけだ。知ってることを正直に話せば、罅だけで解放してやるからよ」
答え合わせ――真相出版の情報までは、本当だった。
冴木が知りたいのは、真相出版とウェルカムプロが赤尾豊斎とどこまで繋がっているか......裏を返せば、赤尾豊斎の情報をどこまで知っているかだ。
「なにが......訊きたいんだ?」
解放されると聞いて、横浜が協力的な姿勢を見せ始めた。
「近江に指示を出したのは誰だ?」
冴木は核心に切り込んだ。
「上からだと......」
「もう一度言う。次に惚けたら鎖骨を砕くからな」
冴木はドスの利いた声で警告した。
「極東芸音協会の赤尾会長だ」
横浜が観念したように言った。
「赤尾の居所は?」
冴木は質問をハイピッチで重ねた。
オードブルに時間をかけている暇はない。
「会ったこともないのに、知るわけないだろう」
ここまでは想定内だ。
「じゃあ、近江は赤尾と会ったことがあるのか?」
「俺には、会ったことはないと言っていた。いつも、用事があるときは室長から電話があるそうだ」
「室長?」
冴木は繰り返した。
「ああ。若い女性みたいだ」
横浜が顔を顰めた。
罅の入った鎖骨が痛むのだろう。
「極東芸音協会の室長か? それとも、赤尾個人の秘書みたいなもんか?」
冴木は矢継ぎ早に訊ねた。
赤尾の代理人を務めているくらいなので、信用されている人物なのは間違いない。
ただし、それは室長が赤尾と会ったことがある場合だ。
そうでないのなら、赤尾にとって室長も、近江や横浜と同じ使い捨ての駒の可能性があった。
「さあ、俺にはそこまでわからない。室長のことなら、近江さんのほうが知っていると思う」
「どうしてそう思う?」
「近江さんは、室長と会ったことがあるみたいだから。もう、このへんでいいか? 俺みたいなペーペーが知ってるのは、これくらいだ。頼む......解放してくれ」
横浜が脂汗塗(まみ)れの顔で懇願してきた。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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