モンスターシューター第12回

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「星じゃないか? もしかして、俺を待ってたのか?」
 ネイビーのスリーピースのスーツ、ツーブロックの七三、たくわえた顎髭......タクシーから降りてきた横浜が、マンションのエントランスの前に立つ尚哉を認めて駆け寄ってきた。
 キャップ、サングラス、マスクをつけた冴木は、尚哉の二メートルほど背後でスマートフォンを耳に当て様子を窺っていた。
 杏樹がステアリングを握るアルファードは、エントランスに横づけしていた。
「こんな時間にすみません。今日のお客様とトラブルになってしまい、電話で話せるようなことではないので代表を待ってました」
 尚哉が打ち合わせ通りのセリフを口にした。
「客とトラブル!? どんなトラブルだ?」
 横浜の顔が強張った。
「僕の愛撫が雑だと、急に怒り出してしまいまして......」 
 尚哉が消え入りそうな声で言いながら、うなだれた。
 なかなかの演技派だ。
 冴木は、電話をかける振りを続けながら横浜の背後に回った。
「客って、誰だ!?」
 トラブルの報告に動転している横浜は、自身の背後に回り込む冴木にまったく気づいてなかった。
「『ハミングプロ』の新人モデルの子です」
「『ハミングプロ......」
 冴木は、横浜の首筋にスタンガンの電極を押し当て放電した。
 瞬時に硬直し脱力した横浜に肩を貸した冴木は、酔っ払いを介抱するようにアルファードへと誘(いざな)った。
 阿吽の呼吸で開くスライドドア――冴木は横浜をセカンドシートに押し込み、車に乗り込んだ。
「なにやってんだ? 早く乗れ」
 冴木は横浜を後ろ手に手錠で拘束し口を粘着テープで塞ぎながら、路肩で立ち尽くす尚哉を促した。
「え? 僕もですか!?」
 尚哉が驚いた顔で言った。
「あたりめえだ。お前には、まだまだやってもらわなきゃならねえことがある」
 冴木が言うと、渋々と尚哉がセカンドシートに乗り込んできた。
「渋谷だ」
 冴木は杏樹に命じた。

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 渋谷富ヶ谷の雑居ビルの地下室――アナログなミキシングコンソールの前のソファに座った冴木はマスクだけ外し、立て続けにゆで卵を口に放り込んだ。
「ちょっと、いくつ食べる気? もう十個目だよ?」
 杏樹が呆れたように言った。
「今日は朝から肉体労働だからな。これからも、こいつに膨大なエネルギーを消費するしよ」
 冴木はシェイカーに入れた特製プロテインでゆで卵を流し込みながら、足元に転がる横浜を爪先で蹴った。
「だからって、そんなに食べなくてもいいでしょう? いつも不思議に思ってたんだけど、そんなに筋肉つけて鍛えてばかりいて、格闘技の試合にでも出るつもり?」
 杏樹が冷ややかな目を冴木に向けた。
「そんな甘っちょろい世界に興味ねえよ」
 冴木は鼻で笑った。
 どんなに強大な獲物でも仕留めることのできる、強靭な筋肉が必要だった――地球の果てまでも獲物を追い続けることのできる、底なしのエネルギーが必要だった。
 いつ何時、獣達と遭遇して戦いになってもいいように冴木は備えていた。
 ルールに守られたリングで戦うわけではない。
 日本中のあらゆる場所がリングで、獣と遭遇したときにゴングが鳴る。
 もう、捕食される気はなかった。
 今度は、冴木が獣の息の根を止める番だ。
「とにかく、食べ過ぎだから。腹八分にしておきなさいって、おばあちゃんから言われなかった?」
 杏樹が諭すように言った。
「なにをいまさら、だよ。因みに、そのプロテインにも生卵が五個くらい入ってるからね」
 冴木の隣に座りコーヒーを飲んでいた光が、杏樹に言った。
 光は、レコーディングスタジオに前乗りして冴木達の到着を待っていたのだ。
 光はハロウィンの仮装さながらに、「13日の金曜日」のジェイソンのマスクをつけていた。
 道玄坂の「MST」の事務所からタクシーでワンメーターの距離に借りた地下室は、平成の時代には貸しレコーディングスタジオとして使われていたが、令和に入りAIが飛躍的に進化してからはパソコン一台で中高生でも簡単に楽曲製作ができるようになり、格安の賃料で賃貸に出されていたのだ。
 室内全体が防音仕様になっているので、大声を出しても外に漏れることはない。
「呆れた。そんな食生活だと、いつか食あたりで死んじゃうわよ」
 杏樹が言葉通り呆れた口調で言った。
「ライオンやトラが......」
「食当たりでくたばってるか? ですよね?」
 冴木の言葉の続きを奪い、光が悪戯っぽく言った。
「あ~、もう、つき合ってらんない。私、事務所に戻ってるから」
 杏樹がため息交じりに言いながら、スタジオを出た。
「あの......僕は、いつまでここにいればいいんでしょうか?」
 スタジオの片隅のパイプ椅子に座っていた尚哉が、怖々と訊ねてきた。
「こいつの尋問が終わるまでだ」
 冴木は無添加の蜂蜜のミニボトルに口をつけ、一気に飲み干した。
「い、一気飲みなんてして、大丈夫ですか? 胸やけしませんか?」
 尚哉が顔を顰めた。
「この人の胃袋は、鉄でできてるから」
 光が笑いながら言った。
「あ、ああ......そうですか。話を戻しますが、代表への質問が終わったら帰ってもいいんですか?」
 ふたたぴ、尚哉が訊ねた。
「さあな。こいつの答え次第だ」
 冴木は、相変わらず気を失っている横浜に視線を落としながら言った。
「答え次第って......」
 尚哉が半泣き顔になった。

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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