モンスターシューター第10回
プリンスサービスと尚哉の情報は、久慈から仕入れていた。
代表の横浜は、五年前までウェルカムプロでマネージャーをやっていた。
ウェルカムプロの代表......松本(まつもと)とはもちろん、赤尾とも繋がっている可能性があった。
「横浜は誰に指示された?」
冴木は本題に入った。
「う、上からの命令だと言ってました」
「上って誰だ?」
「そ......そこまでは知りませんよ」
「嘘じゃねえだろうな?」
冴木は握り締めた拳を、尚哉の鼻先に突きつけた。
「う、嘘じゃありません! ぼ、僕みたいな下っ端には、大事なことは教えてくれませんよ! お願いします! 信じてください!」
尚哉が額に脂汗をびっしりと浮かべ、懇願してきた。
「ねえ、パンツくらい穿かせれば? そっち向けないじゃない」
杏樹が背を向けたまま言った。
「見りゃいいじゃねえか。減るもんじゃあるまいし」
冴木は吐き捨てた。
「獣にデリカシーを求めたのが間違いだったわ」
杏樹が大袈裟にため息を吐きながら言った。
「質問を変える。真相出版って聞いたことあるか?」
プリンスサービスの親会社の存在を、尚哉が知っていても不思議ではない。
いや、知らないほうが不自然だ。
「はい、知ってます。ウチの代表と真相出版の近江(おうみ)代表は、ゴルフ仲間ですから。二人で、よく飲みにも行ってますよ」
「お前に、選ばせてやる」
唐突に、冴木は言った。
「え? なにをですか?」
尚哉が怪訝な顔で訊ねた。
「棒を切るか玉を取るか?」
冴木が口にした二択に、尚哉が息を呑んだ。
「浅井千穂とハメてるとこを盗撮して脅したんだから、それくらいの制裁は当然だろうが」
冴木は尚哉を睨みつけた。
「ちょちょ......ちょっと、待ってください! 僕はただ命じられただけなんです! もともと彼女に恨みはありませんし、彼女には申し訳ないと思っています! 本当です! 信じてください!」
尚哉が整った顔を歪ませ懇願してきた。
「命じられただけなら、人を殺してもいいのか? 恨みがなけりゃ、人を殺してもいいのか? 申し訳ないと思ってるなら、人を殺してもいいのか?」
冴木は、矢継ぎ早に尚哉を追い詰めた。
「ぼ、僕は人殺しなんて......」
「女優にとってハメ撮りをさらされるのは、殺されたも同じなんだよ!」
冴木は尚哉を一喝した。
浅木千穂に同情したわけではない。
尚哉をコントロールするための道具に利用しているだけだ。
真相出版の近江から盗撮動画を取り戻すのに、尚哉はいろいろと使い道がある。
「棒か玉か、さっさと選べや」
「なんでもします! だから、それだけは......」
冴木の待っていた言葉が、尚哉の嗚咽に呑み込まれた。
「それ以外なら、本当になんでもするか?」
「はい! なんでもしますから、許してください!」
尚哉が即座に答えた。
「スマホはどこだ?」
冴木は訊ねた。
「パウダールームに......」
「こいつの服と一緒に持ってきてくれ」
尚哉の言葉の途中で、杏樹に命じた。
「横浜の家はどこだ?」
冴木は訊ねた。
「赤坂ですけど......どうしてですか?」
杏樹が尚哉の全裸を見ないように顔を背けながら、持ってきた衣服とスマホを床に置いた。
「服を着ろ」
冴木は問いかけに答えず、尚哉の右手の手錠を外しながら言った。
「変な気を起こしたら遠慮なくいくぜ」
冴木はヒップポケットから抜いたスタンガンをちらつかせて尚哉を牽制した。
「あの......これからどうすればいいんでしょうか?」
衣服を身に着けつつ、不安げに尚哉が訊ねてきた。
「オスとしての機能を失いたくなけりゃ、黙って俺の言う通りにしろ。そしたら、浅木千穂の件は不問にしてやる。ただし、従わなかったり逃げ出そうとしたら、二度と女を抱けねえ体になるからな」
冴木は、衣服を身に着けた尚哉の右腕を逆手に捻り上げつつ警告した。
「や、約束します! 言う通りにしますし、逃げ出そうなんて......」
「スマホは預かっておく。行くぞ」
冴木は尚哉の言葉を遮るように背中を押した。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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