もぐら新章 3第一〇回

第一章

2(続き)

「伊佐さん」
 泰はポケットに入れていたハンドタオルを出した。
「女みてえなもの持ってんだな」
 伊佐は受け取り、顔に付いた血を拭った。
「どうしたんだよ、泰。ふぬけた顔しやがって」
 ハンドタオルを放り捨て、サングラスをかける。
「何やってんだ、こんなところで」
「更生保護プログラムを受けてるんです。それ受けないと、放免にはなりませんから」
「わかってる、そんなことぐらい。なぜ、島じゃねえんだ?」
 伊佐が訊く。
 泰は視線を逸らした。自分をよく知る伊佐には、なぜか思いを語りたくなかった。
 伊佐はサングラスの下から、泰を見据えた。
「剛に会ってきた」
 唐突に言う。
 泰は顔を上げた。
「ひでえもんだった。ベッドに縛り付けられて、涎垂らして、ずっと唸ってんだ。やめてください、やめてくださいってな。竜星にやられた時のことでうなされてるんだ、ずっとな」
 伊佐は静かに話した。
 そのトーンが、泰の胸の奥に突き刺さる。
 元はといえば、自分が竜星に執着したせいだ。離れてみると、なぜあそこまで竜星に苛立ったのか、自分でも不思議だが、ともかく、巌の言いつけまで破って襲おうとして、剛を巻き込んだことが主因ではあった。
「おまえ、まだ剛の見舞いに行ってねえんだろ?」
「出たばっかなんで......」
「どうすんだ?」
「えっ?」
 伊佐を見やった。
「このままでいいのか?」
「見舞いに行けということですか?」
「違う。竜星にやられっぱなしでいいのかと訊いてんだ」
 声に怒気が滲む。
 泰は返事を詰まらせた。
 悔しさは残っている。しかし、以前のような苛立ちはない。それに、どう頭の中でシミュレートしても自分が勝っている画がまるっきり浮かばない。
 できれば、関わりたくない......。
「巌さんが竜星に手を出すなと言っていたことは聞いてる。それでも、剛が廃人にされて、渡久地は黙ってるのか?」
「渡久地といえば、巌にーにーで......」
「あの人は刑務所だろうが!」
 伊佐は語気を強めた。
 泰がびくっとする。
「巌さんもいねえ。剛も病院から出て来れねえ。今、渡久地といやあ、おまえだけじゃねえのか!」
 伊佐の言葉に熱がこもる。
 しかし、泰はうつむいて押し黙った。
 伊佐は大きく息をついた。
「まあ、おまえも務めてきて、いろいろ思うところはあったんだろう。無理は言わねえよ。ただ──」
 伊佐が泰の顔を覗き込んだ。サングラスを下げ、両眼を出す。
「俺は剛の落とし前だけは取ってやる。でねえと、あいつがかわいそすぎる。その気になったら、連絡してこい」
 伊佐は用意していたメモをズボンのポケットから出し、泰に握らせた。
 サングラスを上げ、コンビニの駐車場に戻って、大型バイクにまたがる。伊佐は泰の方を見ることなく、走り去った。
 泰は伊佐のバイクのテールランプを見送り、手に持ったメモを見た。
 そこには、伊佐の携帯番号と剛が入院している病院の住所が書かれていた。
 泰は手元を見つめ、メモを握り、震えた。

(続く)

もぐら新章 3

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄の暴力団組織「座間味組」や、沖縄の開発利権を狙う東京の「波島組」との戦闘を乗り越えた竜星だったが、親友の安達真昌とともに己の生きる道を模索していた。(もぐら新章『血脈』『波濤』)

そして今、沖縄随一の歓楽街に、不意の真空状態が生じていた。松山・前島エリアに根を張っていた座間味組は解散し、そのシマを手中に収めようとした波島組も壊滅状態。その空隙を狙うように、城間尚亮が、那覇の半グレたちの畏怖の対象だった渡久地巌の名を担ぎ出して、動き出したのであった……。

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が110万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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