日常を変える力
- ――ちょっと作品からは外れるんですが、今日本という国が今ひとつ元気がなくなっているように感じます。お二人に、作家の目から、将来の日本に希望があるのか、もう少し何とかしなきゃいけないのか、おうかがいしたいと思います。
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今野
今の日本はとてもいい国だと思います。菅首相の右往左往ぶりが批判されているけれど、今の状況で右往左往しないほうが怖いですよ、弱腰外交って言われるけれど、弱腰でも立ち行けてる日本はすごい国だなと思う。で、やっぱり、公務員とか最近問題になっている海上保安官、自衛官たちも頑張っています。尖閣ビデオ流出問題は、政府の人が俺たちの苦労をわかってないという不満が根底にあるわけだけれど、日本という器をひっくり返そうという動機でもない。こんな好き勝手に物事が言える国なんてそんなにないわけで、麻薬戦争も起こってないし、KGBもいないし、日本はダメになってるってみんな言うけれど、そんなことはない。希望は常にあると僕は思ってます。
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誉田
例えば中国の日本攻撃とか、思惑があまりに透けて見えますし、それに感情論で返すのもバカバカしいと思うので、そこは大人な態度で対応したほうがいいかなと思いますね。あと、未来に希望を持てるか否かという話は、やっぱり社会人になって見た最初の風景が大きいと思うんです。僕らの時は、もうバブルが崩壊していたし、その時代時代で違うんじゃないでしょうか。確かに今は就職難だし、自殺者は増えてるのかもしれないですけど、社会全体がそれほど大きく不安定になっているわけではない。もっと大変な時期は過去にいくらもあったわけで。だから、日本の未来がものすごく暗いとは思ってないですね。
- ――最後に、今後書いていきたいものについて、また、自分の小説によって何を読者に伝えたいかについて、お話しいただけたらと思います。
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今野
俺はデビューして32年たちますが、一貫してるのは、とにかくハッピーエンドにするということ。読者が読み終わった時に、ちょっとでも元気になってほしくて書き続けています。それが今野敏という小説家の社会的な役割だと思っています。もちろん、現実はこれぐらい厳しいんだよと、ちゃんと書いてみせる役割の作家もおられると思いますが、今野敏という作家の役割はそうではない。絵空事でもいいから、救いを求めてる人に元気になっていただきたい。それで社会が変わるかというと、変わるとは思えないですけど、小説を手に取ってくれた人の日常は変わるかもしれないという期待はあります。明るくなっていただければいいな、世の中捨てたものじゃないと思っていただければいいな、32年間、それだけを思い続けています。
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誉田
僕のはバッドエンディングも多いんですけど、普通、常識だと思われていることとか、そういう考え方について、「それちょっと違うんじゃないの?」と言いたいがために物語を書いています。だから、必ずしも「いい話」ばっかりにならないし、それで世の中まで変えられるとは思えない。でも、小説を読み終わった方が現実のニュースを見てる時に「本当はこうなのかも」って別の想像をしてくれたらいいなと思う。『武士道』シリーズは、誰も不幸にしないような物語をと心がけていますが、実は僕、剣道が嫌いになって子供の頃にやめてるんです。最近の感想で一番うれしかったのは、今まで剣道が嫌いだったけど、あの本で剣道の面白みに気づいて、稽古が楽しくなったっていうんですね。そんなふうに、本を読んで自分の子供に剣道をやらせたら、自分がわからなかった剣道の面白さがどんどんわかってきたというんですね。僕と同じように剣道をやめたいと思ってる子が、それを思いとどまってくれたらいいなと思っています。
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今野
ああ、それいいね、うれしいね。
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誉田
すごくうれしかったです。そういうことで、手に取ってくれた人の日常を少し変えられたかもしれないですね。
- ――お二人とも、どうもありがとうございました。

(2010年11月11日、中央公論新社にて。司会&構成・石田汗太)
今野 敏(こんの・びん)
昭和三十年、北海道三笠市生まれ。著作に『蓬莱』『イコン』『ST 警視庁科学特捜班』『触発』『アキハバラ』『襲撃』『パラレル』『武打星』『同期』など。その執筆範囲は、警察小説、ハードボイルド、アクション、伝奇小説、SF小説など幅広い。平成十八年度吉川英治文学新人賞を『隠蔽捜査』で、平成二十年度山本周五郎賞、日本推理作家協会賞を『果断 隠蔽捜査2』で受賞。空手の源流を追求する、「空手道今野塾」を主宰する。
誉田哲也(ほんだ・てつや)
一九六九年東京生まれ。二〇〇三年「アクセス」で、第四回ホラーサスペンス大賞特別賞受賞。二〇〇五年にC★NOVELSより『ジウ 警視庁特殊犯捜査係』を上梓し、「新たな警察小説の誕生」として大反響を呼ぶ。主な著書に、「ジウ」シリーズ、『ストロベリーナイト』などの姫川玲子シリーズ、『武士道シックスティーン』などの「武士道」シリーズ、『ヒトリシズカ』『ハング』『主よ、永遠の休息を』『世界でいちばん長い写真』などがある。