モンスターシューター第27回

 並みの人間なら、背骨と内臓のダメージで失神してもおかしくない。
 冴木は反射的に背筋と腹筋に力を込めてダメージを軽減した。
 物凄い筋肉量のゴリラやライオンが、柔道五輪の金メダリストに一本背負いで叩きつけられたとしても致命傷を負わないのと同じ原理だ。
 両足をバタつかせなんとか逃れようとする柔道男の胴を、両足で四の字ロックした。
 バックチョーク――この体勢になって脱出できる人間はほぼいない。
 五秒、十秒......柔道男の手足の動きが弱々しくなった。
 十五秒、二十秒......冴木は腕を解き立ち上がると、柔道男をリング下に蹴り落とした。
「次!」
 冴木は人差し指を手前に折りながら呼び込んだ。
 リングインしてきたのは、ボクシングべースと思しき男だった。
 百七十五センチ前後、六十五キロ前後、スーパーライト級かウェルター級......そう見当をつけた。
 ボクサー男は軽快なステップを踏みながら、上半身を左右に揺らした。
 冴木は顔の前でガードを固め、ボクサー男の出方を窺った。
 相手のハンドスピードがわからないので、不用意にパンチを繰り出しカウンターをもらうことを警戒した。
 いきなり、ボクサー男の体が沈んだ。
 下から拳が飛んできた。
 高速の右アッパー......間一髪スウェーバックで躱した。
 続けて飛んできた左ストレート。
 ダッキング......拳が頭皮を掠った。
 ボクサー男は走りながら、左右のフックを放ってきた。
 冴木は後退し、ロープを背負った。
 パンチのラッシュを躱すのが精一杯で、反撃のパンチを繰り出すことができなかった。
 スピードはあるが、パンチ力はそうでもなさそうだった。
 少なくとも、一、二発もらったところでノックアウトされることはない。
 だが、ボクサー男を倒しても、このあとに四人残っている。
 ダメージは最小限に抑えなければならない。
 ボクサー男のパンチのラッシュが途切れた数秒を逃さず、右の前蹴りを飛ばした。
 関節蹴り――踵に膝の皿が砕ける感触が伝わった。
 ボクサー男の体が左に傾いた。
 冴木は続けて、ボクサー男の右膝の皿を前蹴りで砕いた。
 糸が切れたマリオネットのように、ボクサー男が崩れ落ちた。
 すかさずマウントを取った冴木は、顔面にパウンドの雨を降らせた。
 五発、六発、七発、八発、九発、十発......ボクサー男の顔が赤く染まった。
 鼻が曲がり、前歯が飛んだ。
 冴木は容赦せずにパウンドを落とし続けた。
 十一発、十二発、十三発、十四発、十五発......ボクサー男の瞳が瞼の裏に隠れた。
 冴木は失神するボクサー男を片腕で抱え上げ、リング外に放った。
「次!」
 冴木が言うと、長身で細身の男......柔術ベースと思しき男がリングインした。
 いままでの二人はイージーファイトだったが、柔術男は手強そうだった。
 冴木も柔術を習得していたが、相手が黒帯レベルならば寝技では歯が立たない。
 とにかく、倒されたら苦戦は必至だ。
 冴木はステップを踏み、柔術男と距離を取った。
 触れさせずに打撃で倒すためには、離れた距離から放てるキックが有効だ。
 冴木は右ハイと見せかけ、フェイントをかけて右ローを放った。
 たしかな足応え――柔術男の左のふくらはぎに、カーフキックがヒットした。
 柔術男の体が左に傾いた。
 冴木は追い討ちをかけるように、ふたたび右ローを放った。
 二発目のカーフキックも、左のふくらはぎにヒットした。
 前のめりに倒れる柔術男が前方回転しながら一気に距離を詰め、冴木の右手に絡みつくと物凄い力で引き込んだ。
 踏ん張った。倒れてしまえば、寝技地獄が待っている。
 柔術男が冴木の右腕にぶら下がり全体重をかけてきた。
 踏ん張り切れず、冴木は片膝をついた。
 すかさず柔術男は、冴木の右腕を伸ばしたまま両足で首を四の字ロックした。
 三角絞め――柔術男の左太腿が冴木の右腕ごと右の頸動脈を、右太腿が左の頸動脈を絞め上げてきた。
 右腕を伸ばされ手首を掴まれているので、上半身を抜くことができなかった。
 血流が遮断され、頭の奥が痺れてきた。
 このままでは、十秒もあれば落ちてしまう。
 冴木は背筋に全エネルギーを総動員し、三角絞めをかけられたまま柔術男を持ち上げた。
 空いている左腕を柔術男の背中に回し高々と持ち上げると、勢いをつけてマットに叩きつけた。
 背骨を痛打したが、柔術男は三角絞めを解かなかった。
 視界が暗くなってきた。
 もう一回が限界だ。
 冴木は渾身の力を振り絞り、柔術男を抱え上げた。
 今度は、柔術男に覆い被さるように体重を乗せ後頭部からマットに叩きつけた。
 柔術男の頭がバウンドし、冴木の頸動脈を絞めていた両足が解かれた。
 冴木はふらつきながら柔術男に馬乗りになり、両手で髪の毛を鷲掴みにすると後頭部を何度も叩きつけた。
 五回目で、柔術男は白目を剥いた。
 冴木は髪の毛を掴んだまま立ち上がり、柔術男を引き摺りリング下に投げ捨てた。 
「次!」
 肩で息を吐きながら冴木は言った。
 三角絞めでかなりのスタミナを消耗してしまった。
 残るは、リング下の二人と杏樹のそばにいる傭兵男だ。
 万全の状態でも、一筋縄でいかないだろうことは伝わってきた。
 傭兵男に辿り着く前に、できるだけ余力を残しておきたかった。
 キックボクシングベースと思しき男がリングインするなり、いきなり右のローを放ってきた。
 踏み込みが早く、躱すことができなかった。
 立て続けに、キック男の右のローが冴木の左の膝の外側にヒットした。
 膝関節に激痛が走った。
 ボクサー男のときと違い、蹴り合いでは分が悪い。
 キック男は、弾むようなステップワークを踏みながら高速のローキックを連打してきた。
 膝関節にキックの三連打をもらい、冴木はバランスを崩した。
 三角絞めのダメージがなければ、すべて躱せていた。
 反射神経が鈍り、思うように反応できなかった。
 攻撃は最大の防御なり――冴木はバックハンドブローを放った。
 キック男のこめかみを裏拳が痛打した。
 冴木は身を沈め、ダッシュした――棒立ちになるキック男に、タックルを仕掛けた。
 柔術男とは違い、寝技に持ち込めば赤子の手を捻るようなものだ。
 視界に迫る膝――躱せなかった。 
 みぞおちに突き刺さるカウンターの膝......息が詰まった。
 冴木はみぞおちを押さえ、コーナーに後退した。
 コーナーポストを背に棒立ちになる冴木に、キック男はパンチのラッシュをかけてきた。
 顔面、胃、脇腹、顎......息を吐く間もなく、殴られ続けた。
 顎に強烈なアッパーを浴び、意識が遠のいた。
 こんなところで、やられてしまうのか?

モンスターシューター

Synopsisあらすじ

ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。

Profile著者紹介

大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。

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