もぐら新章 青嵐第一五回

第1章

 木内と湯沢は、朝からコンビニを訪れていた。
 何をするわけでもない。ただ、施設内にいるのがうっとうしくて、一日に何度もコンビニに出向いては雑誌を立ち読みしたり、ジュースと菓子を買ってだらだらとしゃべったりしているだけ。
 目的はなかった。
 その日も、昼を過ぎてもなおコンビニの駐車場の端に座り込み、飲み食いしながら時間をつぶしていた。
「そういや、聞いたか?」
 木内が湯沢を見た。木内の鼻周りや頬骨には、伊佐にやられた時の傷が痣(あざ)となって残っている。
「渡久地の野郎、飯嶋から仕事紹介されたって」
「マジか! なんで、飯嶋は渡久地に甘いんだよ。エコヒイキ、ひでーよな」
 湯沢が仏頂面を見せた。
「どっちも腹立つよな。飯嶋も渡久地も。やっちまうか?」
 木内が目をぎらつかせる。
「飯嶋はかまわねえけど、渡久地はやべーだろ。あのわけわかんねえバイク野郎がバックにいるんだから」
 湯沢が少し眦(まなじり)をひきつらせた。
「やっちまった後、俺ら、ここから出ちまえばいいんじゃねえか? 第一、あんな弱えのにビビってるなんて見られたら、俺の沽券(こけん)にかかわる」
「沽券なんて言葉知ってんだな」
 湯沢が笑った。
「こう見えても、学年で五十番以内には入ってたんだぜ」
「何人、いるんだよ?」
「......一学年、九十人だけどな」
「半分以下じゃねえか!」
 湯沢は大笑いした。
「五十番以内って言えや!」
 木内が怒鳴る。湯沢は腹を抱えて笑い声を上げた。
「楽しそうじゃねえか」
 突然、声をかけられた。
 木内と湯沢が同時に下から睨み上げた。途端、二人の眉尻が下がる。
「あんた......」
 湯沢がつぶやく。木内はすかさず湯沢の後ろに隠れた。
 二人を見下ろしていたのは、伊佐だった。
「おう、そこの坊主。こないだはすまなかったな」
 そう言い、サングラスを外す。
「いえ......」
 木内は下を向いたまま、小声で返した。
 伊佐は二人の前にしゃがんだ。いわゆるヤンキー座りで腰を落とし、二人と目線を合わせる。
「おまえら、いつ施設を出られるんだ?」
「わかんねえ......っす」
 湯沢が答える。
「出たら、何するつもりだ?」
「特に考えてないですけど......」
 湯沢の答えに、木内もうなずく。
「俺の下で働かねえか」
 伊佐が言う。
 木内と湯沢は顔を見合わせて、目を丸くした。そして、伊佐を見上げる。
「あんたの下で?」
 湯沢が問い返す。
「そうだ」
「ということは、渡久地の部下になるってことじゃ──」
「そういうことだ」
 伊佐は言い、付け加えた。
「形だけはな」
 にやりとする。
「沖縄の松山って繁華街を知ってるか?」
 二人に訊く。二人とも顔を横に振った。
「沖縄一の歓楽街だ。今、俺の部下が、その街の半分程度を占めてる。いずれ、八割方が俺たちの傘下(さんか)に下るだろう。そのシマの一部をおまえたちに任せたい」
 伊佐の提案に、木内と湯沢はまた顔を見合わせて驚いた。
「どういうことですか?」
 木内が訊ねる。
「そのまんまだ。俺の右腕として、働いてもらいたい」
「でも、俺ら、あんたが担ぐ渡久地をいびってたんですけど......」
「関係ねえ。俺は、根性のあるヤツなら誰でも受け入れる。坊主」
「はい」
 いきなり視線を向けられ、木内は背筋を伸ばした。
「俺、おまえは認めてるぞ。俺の頭突きを受けても、失神しなかったからな。それと、そっちの」
 湯沢を見やる。
「おまえも認めてる。仲間がやられてんの見ても逃げなかった。だいたい、俺を前にすりゃあ、ほとんどの連中がさっさと逃げちまうからな。おまえら、逃げなかっただけたいしたもんだ」
 笑みを向ける。
 二人は戸惑いつつも、褒められ、にやけていた。
「そこでな、お前らを見込んで頼みたいことがあるんだが」
 伊佐は擦り寄って二人の肩を抱いて寄せ、小声で話し始めた。

(続く)

もぐら新章 青嵐

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄の暴力団組織「座間味組」や、沖縄の開発利権を狙う東京の「波島組」との戦闘を乗り越えた竜星だったが、親友の安達真昌とともに己の生きる道を模索していた。(もぐら新章『血脈』『波濤』)

そして今、沖縄随一の歓楽街に、不意の真空状態が生じていた。松山・前島エリアに根を張っていた座間味組は解散し、そのシマを手中に収めようとした波島組も壊滅状態。その空隙を狙うように、城間尚亮が、那覇の半グレたちの畏怖の対象だった渡久地巌の名を担ぎ出して、動き出したのであった……。

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が110万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー