
大陸の中央に巨大な匣、「源匣」がそびえるその国は、真族と呼ばれる者たちが治めていた。真族はみな生まれた時に、小さな匣を与えられる。小匣は決して開くことはなく、ただ一つの文字が刻まれているのみである。だが、この一字こそが己の運命であり、時には持ち主に不可思議な力を与えるという。大陸ーの港町・顎港の路地哀で育った少女僑燐は、四人の兄妹と共に育ての親を殺め、彼が頭目を務めていた盗賊団を乗っ取った。僑燐の持つ一字は、「盗」。姫賊・僑燐の名が国中に知れ渡るとき、歴史がうねりを上げて動き始める。
孤児であった少女。五兄妹の長女。
天字(小匣に刻まれた一字)は「盗」。
五兄妹の長男。武力に長ける。天字は「叛」。
五兄妹の次女。隠密を得意とする。
天字は「僑」だと言うが......。
五兄妹の次男。知謀に優れる。天字は「忠」。
五兄妹の三男。人望を集める。天字は「流」。
謄国の兵士。不思議な力を持つ。天字は「覇」。
—執筆のきっかけは何だったのでしょうか?
当時の担当編集さんと、いままで私が書いてきた歴史時代小説というジャンルにこだわらず、もっと自由な作品を作りたい、という話をしたのがスタート地点でした。それならば1冊で終わりではなく、「コンテンツ」そのものを作りたいな、と。
—本作の着想はどこから得たのでしょうか?
「コンテンツ」を作ろうということになった時、まずはプロットよりも先に「器」を作ることになりました。なので、最初に作ったのは巻末の年表です。これはマンガの「ファイブスター物語」がヒントになりました。
また歴史小説だと「史実」という、動かすことができない制約があります。一方で「史実」があるからこそ、歴史小説は面白くもある。だったら、史実を自分で作ってしまおうと思いました。マンガの『魁!! 男塾』では「民明書房」という架空の出版社の書物からの引用で、存在しない物事をあたかも本当にあるかのように語ります。今作も「源匣記」という架空の史書によって語られる、歴史の中にある物語を書くようにしました。
—構想にはどれぐらいの時間がかかりましたか?
詳しくは覚えていませんが、年表を作り始めて、1作目が書き上がるまでに2、3年はかかったかと......。
—製作過程において一番大変だったのはどの部分ですか?
やはり年表の制作ですね。千年分作りました。実際に見ていただけるとわかるのですが、物語だけでなく、年表にも起承転結があります。1000年分の時代の大きなうねりの基礎となる世界観を構築することが、一番時間を割いたところでした。
—今作のメインの登場人物6人の中で、いちばん感情移入した人物は誰ですか?
作品を読んでいただくとわかっていただけると思うのですが、主人公の僑燐と宝超ですね。なぜかはここでは詳しく語りませんが......!
—次に書きたいのは年表のどの部分ですか?
本作では千年の年表の中で二人しか存在しなかった特異な出来事を起こした者のうち、「英雄」と呼ばれた人物の物語を描きました。今度はもう一人――「魔王」と呼ばれた人物の物語を書いてみたいです。
—今回、登場人物のイラストを描いていただきましたが、マンガ家を目指していた時期があると聞きました。そこから小説家を目指すきっかけになったのは何だったのでしょうか?
小学校2年生のころからずっと、漫画家になることしか考えていませんでした。ですが20代なかばになって自分の絵の才能に限界を感じていた時に、京極夏彦さんの『姑獲鳥の夏』に出会いました。文章だけでここまでイキイキと魅力的なキャラクターが書けるのか! 全然マンガに負けてないじゃないか! と感動しました。これが小説を書いてみようと思ったきっかけです。それからデビューするまでに10年ほどかかったのですが......。
—小説を書く上で、矢野さんが大切にしていることはありますか?
マンガ家を目指していたときからそうなのですが、自分はとにかくエンタメが大好きです。歴史時代ものはマンガの時から書いていたのですが、これは歴史が好きだからというより、とにかく格好いいからでした。インプットは小説やマンガだけでなく、ゲームとかからもめちゃくちゃします。若い頃はゲーセンの「バーチャファイター」をやりこみましたし。使った100円玉の総額を集めたら、もはや筐体を買えたんじゃないかって思います......。なので「エンタメの追求」という意味では、他の方に負けないつもりです。
—最後に、これから読む読者に一言お願いします
いろいろ申し上げましたが、今作『匣真演義 姫賊・僑燐伝』は1冊で完結していて、それだけでも十分楽しんでいただけるものになっています。ですが巻末についている年表を見ていただけたら、より楽しんでいただけるのでは、と思っています。『匣真演義』の世界に、ぜひ飛び込んでみてください!