もぐら新章 青嵐第二回

プロローグ(続き)

 城間は昔、渡久地巌に憧れ、ボクシングをしていた。
 背格好は巌と正反対でずんぐりとして、手足も短い。ただ、横幅があって胸板は厚く、腕や太腿は太くてパワーはある。
 巌の後を追うようにプロになったが、体重のわりに手足が短いせいで、同階級の上背(うわぜい)のある者にはなかなか勝てず、四回戦ボーイで引退した。
 戦歴こそ冴えないが、城間のボクシングは人気があった。
 城間がデンプシーロールを得意としていたからだ。
 ボクシングファンにはおなじみの、懐に潜り込んで、上体を振り子のように振り、左右のフックを連続して浴びせる技である。
 自分より上背があって大柄の相手と戦う時、前傾姿勢で相手の懐に入り込み、豪快に左右のフックを打ち込む。
 グロッキー気味の相手であれば、おもしろいようにフックの連打が当たり、見目鮮やかなノックアウトが決まる。
 最後のラッシュで使うには有効な打撃だ。
 が、大きな弱点がある。
 上半身を大きく揺らして、リズミカルに左右を打ち込むため、タイミングを取りやすく、相手に余力があれば、カウンターをもらうことも多い。
 しかも、踏み込んで、全体重を乗せて打ち込んでいるだけに、カウンターを決められれば一発KOでリングに沈むことになる。
 城間はデンプシーロールはできるものの、その他の技術が他の選手より劣っていたため、インファイトに持ち込んでデンプシーロールを打とうとした途端、カウンターを食らい、KOされることも多かった。
 ただ、決まった時は、打たれる相手の体がメトロノームの振り子のように規則正しく左右に揺れるので、いつしか、城間のデンプシーロールは、ファンや仲間内から〝メトロノーム〟と呼ばれるようになっていた。
 ランクはなかなか上がらないものの、個性が際立っていたため、マッチングには苦労しなかった。
 だが、三年前、デンプシーロールで攻め込んでいた時、強烈なカウンターで顎を打ち抜かれ、前のめりに倒れた。
 顎は砕け、脳へのダメージで視覚や聴覚に障害も出て、それを最後に引退した。
 顎は人工骨で補正した。視聴覚の障害はいまだに残っているものの、日常生活を送る分に問題はない。
 ただ、ボクシングを生きがいにしてきた城間は、引退後に荒れまくり、腹いせに繁華街をうろついているチンピラを殴っているうちに仲間が集まり、いつしか、小さな不良集団の頭を張るようになっていた。
 その耳に、巌が東京でヤクザになったという話が飛び込んできた。
 城間は再び、巌と同じ道を歩もうと決めた。
 巌の下に駆けつけて直訴したかったが、あまりに恐れ多くて、それは断念した。
 そこで、巌の親友の上村徳一(うえむらとくいち)の右腕で、巌とも面識のある伊佐勇勝(いさゆうしょう)に会い、思いを話してみた。
 伊佐は、必ず巌に取り次いでくれると約束してくれたが、実績もない者をすぐ会わせるわけにはいかないと言い、自分の仕事を手伝いながら実績を積むことを提案してくれた。
 城間は少しでも巌の役に立てるよう、積極的に仕事に臨んだ。
 借金やツケの取り立て、伊佐が管理している店の用心棒、敵対する組や半グレグループとの折衝など──。
 伊佐が関わる仕事を手伝い、ノウハウを吸収しつつ、裏社会で顔を売っていった。
 その働きぶりが認められ、伊佐から、座間味組の準構成員にならないかと誘われた。
 申し出はありがたかった。しかし、自分はあくまでも巌の下で働きたい。
 伊佐は、準構成員はお試し期間で、嫌ならいつでも抜けていいと言ったが、一度親を決めたら何があろうと変えられないという暴力団の掟は身に染みて知っていた。
 ところが、返事を保留し、逡巡しているうちに、伊佐は逮捕されていなくなり、気がつけば、座間味組は組ごと消失した。
 加えて、巌も逮捕され、ヤクザから足を洗ったという。

(続く)

もぐら新章 青嵐

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄の暴力団組織「座間味組」や、沖縄の開発利権を狙う東京の「波島組」との戦闘を乗り越えた竜星だったが、親友の安達真昌とともに己の生きる道を模索していた。(もぐら新章『血脈』『波濤』)

そして今、沖縄随一の歓楽街に、不意の真空状態が生じていた。松山・前島エリアに根を張っていた座間味組は解散し、そのシマを手中に収めようとした波島組も壊滅状態。その空隙を狙うように、城間尚亮が、那覇の半グレたちの畏怖の対象だった渡久地巌の名を担ぎ出して、動き出したのであった……。

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が110万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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